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36. 3回目の調停・鉢合わせ

「こちら、お父様からです。」

そう言って調停員さんから渡された写真には、熊のぬいぐるみを抱いて嬉しそうに微笑む可奈の姿があった。数か月待ってもらえた写真は1枚だけ。

可奈は、産まれた時からこのぬいぐるみが大好きで、片時も離さなかった。

しばらく見ない間に成長している。身長も少し伸びているようだ。
可奈は私の知らない時間を生きていて、なんだか遠くに行ってしまったようだった。私は家裁の調停室でぽろぽろ泣いてしまった。

帰国したのは冬の終わりだったけど、3回目の調停は、夏に行われた。

東京は温暖化していて、まるで熱帯のような気候で、ハワイを思い出して胸が痛い。あんなに大好きだったハワイが、今は思い出すだけで辛い場所になってしまった。

お互いの書面は過熱していたけど、それとはあまり関係ないかのように調停は淡々と進められた。可奈の様子を聞くと、元気でやっているとのことだった。

調停員さんに「調査官調査(調査官が実際に監護親の家に行き、子どもの意思を伺う)を早く実施してください!」と懇願したが、曖昧な返事で濁されて終わった。次の調停はなんと3か月後だった。

帰り道、運悪く裕太とその弁護士と鉢合わせをしてしまった。
裕太は私をギロリとに睨みつけ、「何だよあの書面。」と言った。私は震える声を悟られないように、「早く可奈に会わせてよ。」とだけ言い、裕太の弁護士に「いつ会わせてくれるんですか?」と聞いた。

私より年下であろう彼は、「お子さんが会いたいと言ったら・・」と常套句を口にし、私は怒りで頭が熱くなるのを感じた。

「それって、会わせないってことですよね?あなた、恥ずかしくないんですか?」

浜田先生と裕太のもう一人の弁護士が止めに入った。
浜田先生に促されて私たちは反対車線に移動したけど、裕太はずっと私を睨んでいた。視線が痛いほどに、力を込めていた。

その時の裕太は今まで見た中で一番怒っているようだったけど、同時に何かを恐れているように見えたのが不思議だった。

可奈は自分のところにいるんだし、主張する通り「正しいことをしている」のなら、もっと堂々とすればいいのに。

きっとどこかで後ろめたいことをしているという気持ちがあって、不安なんだろう。親権だってもう確実にとれるのに、ちっとも幸せそうじゃない。

私たち3人、誰も幸せじゃないなんて。一体何のためにこんな事しているんだろう?

パパがあんな様子なら、敏感な可奈はきっと察知して、不安な日々を過ごしているんだろう。そう思うといたたまれなかった。

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