見出し画像

9. 「個人情報の関係で」

「すみません、個人情報の関係で、渡航履歴は教えられないんです。」

ハワイの首都であるホノルルの日本領事館の男性は申し訳なさそうに、電話口でそう告げた。

「え?私は彼の妻で、娘の母親で、家族なんですよ? 突然いなくなってしまって、連絡もつかなくって、もしかしたら、何かの事件に巻き込まれたかもしれないのに、教えてもらえないんですか?」

「ごめんなさい、個人情報の関係で、ご家族にも教えられないことになっているんです。」

男性は「個人情報の関係で」、を繰り返した。今の日本社会では「個人情報」は有無を言わせないパワーワードだ。まさに打つ手がなかった。

「日本領事館に電話して、渡航履歴を調べてもらえばいいじゃない!」という友人のアドバイスに「名案!これで万事解決だね!!」と飛びついたあとだったので、ショックは大きかった。

「もしもですけどね、ご家族が事故や事件に遭ったなどの情報があったら、こちらから連絡いたしますので、連絡先を教えてもらえますでしょうか。」

「・・いや、事故や事件等があったら遅いから、こうやって聞いてるのですが。」

そう返したが、男は何も言わなかった。それもそうだろう、彼は事前に用意されたマニュアルを口にしているだけなのだ。彼には何の権限もない。食いついてもしょうがない、、と連絡先を告げ、私は力なく電話を切った。

その後、思いつく限り全て、裕太から何か話を聞いているであろう友人、知人に連絡をしたけれど、居場所を知る者は誰もいなかった。

皆一様に、この異常事態を嘆き、憐れんだ。私は心配されるのはありがたいけれど、なんだか情けなく、恥ずかしくなってきて、最後の方には雑談するふりをして、電話をかけた。

だけど電話を切ると力が抜け、すぐに横になってしまった。そんな私を見かね、家から10分ほどの距離に住む友人、日系人のエリカが空いていたゲストルームに私を呼んでくれた。
「2人が見つかるまで、ここにいていいからね!」

異国の地で頼れる人がいるというのは、こんなにも心強い。

エリカはスーツケースを片手に力なく訪れた私に、手際よくサラダとパスタを作ってくれ、食後には得意のロミロミマッサージまでしてくれた。

彼女のロミロミマッサージは今まで受けたマッサージの中で最高のもので、何日も寝ていなかった私はそのまま泥のように眠った。
だけど夜中に2人がいなくなる夢を見て、泣きながら目が覚めた。あの日から一度も熟睡出来ていない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?