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豊かさの違い

心底から億女になりたいと思ったことはありませんでした。表面的に憧れるふりをしてましたが、同時にどこか違和感を感じていました。やっぱり億を稼いでいる人が「豊かさ」を語ると説得力があるから、信頼性や権威性があるよね、と思い込んでいたから自分も奥に憧れて目指した方がいいと思っていたのです。年収1億や年商10億という数字と「億」という単位の言葉はダイレクトに脳を刺激しますからね。稼ぐなら「億」目指して。そう思えばそうなるんだから。「この世界は意識の反映なのだから」という潜在意識に関連する知識を持ってる人が集まると、このような会話に自然となっていくのです。

その会話の中にいることが自然だったから、豊かさとは、「お金をどのくらい持っているか」が多くの人が定義しているだろう、だから私もたくさん稼ぐ人になりたい、お金を生み出す人になろう、と思考が展開されていきました。そうすれば仲間も増えて人間的にも経済的にも豊かになって、安定の人生だろう、なんて思っていた時期もありました。しかし違和感は正解なのです。あなたには億を稼ぐよりも大事なことがあるよ、と教えてくれるかのように、息子からもたらされるさまざまな表現は私を変容させてくれました。

私の考える豊かさはお金に留まりません。最愛の息子が親孝行をほとんど毎日してくれることが信じられないほどの豊かさを享受しています。車で出かけるときにお母さんを駅まで歩かせることなんてしない、家まで迎えに行くよ。それが俺がしたいことだからって。また頻繁に「産んでくれてありがとう、育ててくれてありがとう」と母子家庭であってもとても満足してくれていることを話してくれます。また毎週食費をくれることや、ある日は私の経済事情がマイナスな時は支援をしてくれたりもします。

無条件の息子の愛を感じられることは最高の豊かさではないでしょうか。最もありがたいのは56歳にもなると意見に対して誰も指摘してくれなくなりますが、唯一息子だけは、「その考え方は改めた方があなたの幸せにいいだろうからこうも考えられるよ」と指摘をしてくれることは、優しく深い思いやりに毎回感動させられます。月収が7桁も8桁もなくても必要な分で循環させることができます。節約も料理も、創意工夫を楽しみながら、何をどう節約したらいいかを話し合ったり、余物の食材でどう調理したら美味しい料理になるかと語りながら美味しいと食べてくれ、これまでのさまざまなケンカや嫌なことを乗り越えたことを、笑って語り合えることができる家族団欒は、豊かさの最高峰だと思っています。

多くの人は物質的なことに豊かさの定義を示しますが、私は精神的なことに豊かさをより感じます。これは人それぞれなので是が非ではありませんが。条件付きの豊かさは真の豊かさではないと考えるところから、家族団欒は無条件の豊かさなのかなと思いました。

そう思うのは、私の幼少期には安心できる家族団欒がなかったから、ということもありましょう。テレビの主導権は父親だったり、正座や食べ方の躾は毎度のことだったり、ましてや母親の信仰心は食前に祈りを捧げるだとか、嗅覚や味覚を感じるとか、感触を確かめるだとか、そういう五感を感じることは疎い時代だったからだと思います。

私が特に感じるのは、豊かさとは外部からの評価や物質的な成功によって測られるものではないということです。世間が「豊か」と認識する基準は、しばしば収入や所有物、地位に基づいています。

しかし、本当に大切なのは心の平穏や満足感、そして愛情に満ちた人間関係ではないでしょうか。

私の息子との関係は、その良い例だと思っています。彼の言動や行動の一つひとつが、私に深い満足感を与えてくれます。彼が私を思いやる姿勢や、些細な日常の中で見せる優しさは、何物にも代え難い宝です。彼の「産んでくれてありがとう」「育ててくれてありがとう」という言葉は、私にとってどんな富よりも価値があります。

毒親に育てられ自己価値を見出せず自己肯定のないまま、他人軸で生きてきた私には思いやりが欠如していると思っています。そんな私が育てたとは思えない彼の温かさは、一体どこから来るのでしょう?

私が感じる豊かさは、愛情の交換や信頼の絆から生まれます。息子が私の経済的な支援をしてくれることも確かにありがたいですが、それ以上に彼が私の幸せを思ってくれること、その気持ちが何よりも豊かさを感じさせてくれます。そしてその感情は、私たちの関係をさらに深め、豊かにしてくれます。

精神的な豊かさは、外部の状況や他人の評価に依存しない自己満足と内なる平和から成り立っています。自己理解と自己愛が深まることで、自分の価値をしっかりと認識し、他者からの愛情も自然と受け入れることができるようになります。これは私たちが持つ最も大切な資産です。

私たちの社会はしばしば物質的な成功を強調しますが、真の豊かさはもっと深いところにあります。心の満足感、愛情、理解、尊重、許容そして他者との深いつながりこそが、人生を本当に豊かにする要素です。このような豊かさを感じられることは、何にも勝る幸福です。


私たちはすでに豊かさの中で生きています。普段の生活で当たり前のように感じているものすべてが、実は豊かさの一部です。

電気やガス、ごみ収集などのライフラインが確保されていることは、私たちの生活を支える基盤です。これらのインフラが整っていることで、安心して日常生活を送ることができます。また、家畜生産や野菜の供給、植物の存在も私たちの豊かさを支えています。食べ物が安定して供給されることは、健康であること、安心して暮らせることに直結しています。

通信インフラも重要な要素です。インターネットや電話などの通信手段があることで、情報を無料で即座に得ることができ、遠く離れた人ともつながり続けることができます。これらの技術は、私たちの生活をより便利にし、社会とのつながりを保つ手助けをしています。

また、日本という国の社会システムや文化、自然環境も豊かさの一部です。私たちが享受している医療制度、教育制度、交通インフラなども、すべて豊かさを感じさせるものです。美しい自然景観や四季の変化も、私たちの生活に彩りを与えてくれます。

私たちが初めから豊かさの中で生きていることに気づくことは、感謝の気持ちを持つことにつながります。日常の当たり前が実は特別であることに気づくことで、感謝の気持ちが芽生え、その感謝がさらに豊かさを引き寄せます。

豊かさは外部の物質的なものだけでなく、内面的な満足感や感謝の気持ちからも生まれます。私たちがすでに持っている豊かさに気づき、その価値を認識することが、さらに豊かな人生を築くための第一歩です。

豊かさとは単に財産や収入の多寡ではなく、人間関係の質や自己愛、そして日々の小さな喜びに感謝できる心から生まれるものと思います。これからも、私は息子との絆を大切にし、この豊かさを感じ続けていきたいと思います。感じるままが起きてきます。

結局のところ、豊かさとは自分がどれだけ感謝できるか、どれだけ満足感を感じられるかにかかっています。日々の小さなことに感謝し、豊かさを感じる心を育てることが、真の幸福につながります。私たちは初めから豊かさの中で生きていることを再確認し、その豊かさを大切にしていきましょう。

もしもあなたが豊かさとは?につまづいたならこのお話を参考にしてみてください。

ちなみに、政策が間違っていたために実質賃金が下降した日本に堕ちてしまったからって、なんで私たちが働かなければならないのか?どれだけ名称を変えて納税させるのか?副業はしないでと言ってたのに、手のひら返して副業してっておかしいですよね。年金だって、きっちり収めるようにシステム化されて、収めなければ督促状を送ってくる、けれども年金支払いが困難だから自分で副業しといてね、というシステムに疑問を感じませんか?お金がないから働けばいい、稼げばいい…そのやり方イタチごっこじゃないですか?そんなこといつまで続けるんですかね???

今日も読んでいただきありがとうございました。

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