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オサムとシュウとお弁当

「ほんっとお前のお母さんって料理上手いよなぁ。」

シュウは、うちに来るたびに毎回同じことを言うな、とオサムは思った。

シュウは父親と二人暮らしだけど、父親の仕事が不規則で帰りも遅いから、ほとんどうちで晩飯を食うのが当たり前になっていた。

母ちゃんも、シュウがいる方が嬉しいみたいで、毎日シュウのぶんまで準備している。

俺たちは偶然、同じ文字で「修」と書いて、オサムとシュウ、それぞれ別の読み方だった。それだけでやたらと盛り上がって、去年俺の中学に転校してきたばかりだったシュウとすぐに仲良くなり、今じゃすっかり親友だ。

「そうだなぁ、料理だけはな。なんたって弁当屋やってるし。」

「それ。お前んとこの弁当屋さんはちゃんと全部手作りで美味いって、みんな言ってるもんな。この前理科の佐々木も言ってたじゃん。『おーーー、オサムのとこの弁当、先生いつも買ってるからなー』って。はたしてオサムのお母さんは料理が上手いから弁当屋になったのか、弁当屋になったから料理が上手いのか、それが問題だ。」

「別に問題じゃねえし。シュウ、今日も飯食っていけよ。」

「マジいつも悪いなー。うちの親父がちゃんと弁当代くれるからさ、たまにはこれ、おばさんに渡してくれよ。」

「いいよ。母ちゃんがシュウからお金とかもらうなって言ってたし。じゃあそれでマック奢れよ。」

「え!おっまえ、毎日ちゃんと作った美味い飯があるのにマックなんか食いたいわけ?味覚おかしいだろ。」

「ん~たまにはそういうの食べたくなるわけよ。それに毎日弁当屋の残りも食べなきゃだからな。」

「贅沢だなぁ~お前は母ちゃんがいるありがたみがわかってないな。」

その時、アパートの玄関をガチャガチャ開ける音が聞こえてきた。

その「母ちゃん」が帰ってきた。

「ただいま~!お!シュウくん、来てたのね。ご飯、食べていきなよ。今日は酢豚と肉じゃががあるよ。」

「いつもすんません、お仕事お疲れ様です、おばさ・・・いや、カナさん。」

「お、そうそう。さすがシュウ君、危なかったわね。おばさん、はダメよ。前言った通り、ちゃんと名前で呼んでくれて良かったわ!私まだ現役恋人募集中の36歳なんだからね~。」

「36は完全におばさんだろうが。」

「ふぅん、オサムは晩御飯いらないのね?」

「あ、ごめんなさいお母様。二度と言いません。」

「あはは。カナさんは若いですよ。綺麗だし、料理も上手いし、オサムがうらやましいです。」

「きゃー!ちょっと聞いた?オサム!シュウ君ってなんていい子なんでしょう!もううちの子になっちゃいな!」

「またそういう事を・・・やめろよな。」

「だーって、本当にシュウ君が来たら嬉しいんだもん。イケメンだし!」

「母ちゃん、それキモいってマジで。」

「ふふ、まあ、ホントゆっくりしていってよ。これ、食べてね。」

カナは、大きなタッパーからどさどさとおかずを皿に移し、話をしながらも気づいたら味噌汁までちゃっちゃと作り上げていた。

それを見ながらオサムとシュウは「おお、さすが弁当屋だ!」と笑った。

「オサム、私ちょっと友達と食事の約束あるからさ。二人で食べて、片づけてね。」

そう言うとカナはさっさとエプロンを外し、部屋に入って、5分もしないうちにワンピースに着替えて髪を下ろして出てきた。

「わ、カナさん、綺麗ですね。もしかしてこれからデートっすか?」

「やあね。友達と約束してるだけよ。さすがにジーンズとエプロンじゃね。じゃあ、オサムよろしくね。」

「おん。」

アパートの玄関が閉まる。

「な、カナさん、絶対あれデートだよ。」

「んなわけねえだろ。あいつ中身はおっさんだぜ?」

「いや、カナさんはモテると思うぞ。俺でも綺麗だなとか思うし。」

「ちょ、シュウやめろよ!人の母ちゃんに!」

「ははは。マジで怒るな。変な意味じゃないよ。あんな若くて面白いお母さんなら、俺も欲しいなって思っただけ。今更変なババアとか家に来たら絶対やだよ。」

「まあ、そりゃそうだよな。」

シュウは、同じ歳とは思えないほど大人びている。おまけに性格がいいし、やたらとイケメンでスポーツ万能。俺が教えたギターだって、もう俺より上手いくらいだ。天は何物も彼に与えたな。

それでも、オサムはシュウに嫉妬したりといった感情はなかった。こんないい男と親友でいられる自分を、誇らしく思っていた。

シュウとは、この先もずっと友達でいたいな。高校に行っても、大学に行っても、大人になっても・・・


「お待たせしちゃってごめんなさい。」

「カナさん!いや、僕も今来たとこで。」

「今日は、ギリギリまでお店開けていたから、着替えるだけになっちゃって。お惣菜臭いかも。」

「あはは。全然気にしないよ。ワインでいい?」

「あ、最初ビールがいいな。喉からからで。」

佐藤さんとは、今日で3回目のデートだ。

保険の営業に回っている途中で、毎日のようにお弁当を買いにきてくれていたから、だんだん仲良くなって話をするようになった。

歳は私より少し上のようだったけれど、ちゃんと聞いてはいない。

ある時に「私母子家庭だし、もし病気でもしたら息子も困るから、何か入っておこうかな。佐藤さんのところに、保険いいのありますか?」と訊いたのが始まり。

「ええ!カナさん、ど、独身なんですか?じゃ、じゃああの、今度、仕事の後、食事いきませんか?」と誘われた。

最初も、二回目も、食事をしただけ。

手も握ってもこない。

私は保険のお客さんってだけかな?でも、いまだに保険のプランは話してくれていないままだ。

佐藤さんは、今日はなんだかいつもと雰囲気が違う。・・・緊張している?

もしかして、この後何か誘うつもりかしら。

「か、カナさん!」

「はい。」

「この後・・・その、どこか、静かなところで話さない?」

あ、やっぱり?

「静かなところって?」

「あ、いや、つまり、どこかの部屋でとか、お酒をもう少し・・・いや、部屋っていうか、違う!そういうんじゃなくてその。」

「ごめんなさい。私、そういうお付き合いは今はちょっと・・・それに、息子が家にいるから、あんまり遅くはなれないし。」

「あああ!いや!違うんだ。いや、違わないんだ!ごめんなさい。僕、そんないい加減なつもりじゃなくて。えっと、じゃあこのまま言っちゃいます。カナさん、僕と・・・付き合ってほしいんだ。」

「あ・・・ええと・・・」

「返事はすぐじゃなくていいから!こんなおっさんじゃ嫌かもしれないけれど、真面目に考えているから。僕、カナさんのお弁当が大好きで。気づいたら、毎日買っていて。いや、逆かな、カナさんを好きになって、それで、毎日弁当屋に・・・」

「・・・ありがとう。気持ちは、本当に嬉しい。あ、佐藤さんはおっさんなんかじゃないですよ。ただ、今はまだそんな気持ちに余裕がなくて。主人が亡くなってから、ずっと男の人とは関わってなかったし、あの小さいお弁当屋さんでも、結構ハードだし。もちろん、今日みたいに二人でお食事とかは嬉しいけど・・・」

「いいよ。僕は、何年でも待つよ。」

「いや、さすがに何年もは・・・私もおばさんになっちゃうし。あ、今もおばさんか。」

「とんでもない!カナさんはすごく若いし、なんていうか、可愛い、笑顔が可愛すぎるんだ。そこらへんの若い女の子より断然魅力的だよ。それに・・・」

「それに?」

「弁当が美味い!もう僕、餌付けされてるし。」

二人で顔を見合わせて、大笑いした。

確かに、この人なら、大事にしてくれるのかもしれないな。



母ちゃん、今日はこの前より遅いな。

あいつ、本当に男とデートだったりして。シュウが言ったように、外では意外とモテるんだろうか?今頃変な男に無理やり迫られてたりして・・・うわ、キモいわ。なんか、そういうの全部キモいわ。

オサムは携帯をいじる。

電話の履歴が「シュウ」だらけだ。俺も結構キモいな。

シュウも俺も一人っ子で、しかも名前が同じ漢字だ。あいつとは特別な縁を感じる。前世は兄弟か双子だったんじゃないだろうか。ま、あいつの方がかなりイケメンだけど。

あいつが転校してきた時は、女子がやたらキャーキャー騒いでたよな。いや、今もあいつといると女子がたくさん寄ってくる。しかも俺たちを「修」が二人で「シュウシュウコンビ」なんて言ってるやつもいたな。

つーか、シュウシュウって、そこ、俺いねえじゃねえか。シュウ二人じゃねえか。

オサムは自然とシュウにメッセージしていた。

「シュウ、起きてる?」

「おん」

「母ちゃんまだ帰らねえ」

「やっぱ男だな」

「まーじキモいわ」

「そお?カナさんまだ若いし普通だろ」

「いや、母ちゃんのそういうの考えたくないわ」

「やいてんな、オサム」

「ねえわ」

「あるです」

「やめろって」

「わり」

「まあ、少し心配」

「じゃあ外見張ってろよ」

「なんで?」

「男なら、送ってくるんじゃね?」

「うわ、やだなそれ」

「悪いが俺もう寝るから。今日のマラソン練習マジ効いたわ、また明日な」

「おん」

シュウとのやり取りの後、なんとなくアパートの外に出てみた。

ホントにあいつ男から送られてきたりして。

その時、車のライトがこっちに向かってくるのが見えて、オサムは思わず入口の陰に隠れた。

タクシーから、カナが降りてきた。

タクシーには、もう一人・・・げげ、本当に男だ。

「今日はありがとう、おやすみなさい。」

「うん、おやすみ。カナさん。」

男が、タクシーから一度降りて、カナを抱きしめた。

「ちょ、佐藤さん、ここじゃそういうの困る。」

「あ、ごめん、つい。じゃあ、またね。」

「うん、またね。」

その時のカナの顔は、オサムが初めて見る、いつもの「母ちゃん」じゃない顔だった。

マジかよ。あのオッサン・・・母ちゃんをたぶらかしやがって。
ぜってえ許さねえ。


翌日、シュウに昨夜の話をした。

「ほらやっぱ男だったじゃん。」

「いや、騙されてるのかもしれん。オッサンだったし。不倫とか。」

「カナさんはそんなバカじゃないだろ。」

「でも・・・父ちゃんが死んでからまだ3年だぞ。」

「まだって・・・3年もカナさん1人で頑張ってきたんだし、彼氏くらいできてもいいじゃんか。」

「・・・シュウは、大人だな。」

「んなことないわ。ただ、親が我慢してるの見るより、幸せな方がいいんじゃねえかなって。」

「母ちゃんが、俺と二人でいるのは我慢してるってことかよ?」

「んなこと言ってねえだろ、からむなよ。」

「・・・ごめん。なあ、帰りマックいかね?あと靴買いたいんだけど。」

「いいけど。あ、マックは俺が奢るな。」

放課後、オサムとシュウが並んで歩いていると、周りの女の子たちがキャアキャアと騒いでいた。

「見て!シュウシュウコンビだ!」「かっこいいー!」

いやだから、それコンビなのに俺いねえから。


「カナさん、今度、日曜日に会えないかな。昼間に。いつも夜食事だけだったから。映画とか、買い物とか。僕、カナさんとできるだけ長く一緒にいたいので・・・」

佐藤は弁当のお金を払いながらやたら大きな声で誘う。どうも緊張すると逆に声が大きくなるらしい。

「佐藤さん、そういうのは携帯に・・・ほかのお客様が。」

おかずを選んでいた中年の女性たちがニヤニヤとしながら佐藤を見ている。

「あ、あああ、すみません!連絡します。」顔を赤らめて、佐藤は慌てて去ろうとした。

「佐藤さん、お弁当忘れてる!」

「あ、ああああ!すみません!」

佐藤はまた、周りから笑われていた。

カナも、思わず笑っていた。

そっか、とりあえず、日曜日デートしてみるか。


日曜日。

相変らずオサムとシュウは一緒だった。オサムの部屋で、ギターを弾いたり、漫画を読んだりしながら、ただ一緒に過ごす。

「なあ、オサム。」

「んん?何?」

「お前さ、女とキスしたことある?」

「え!・・・ねえよ。」

「そっか。そうだよな。」

「え・・・シュウは、あんの?」

「・・・・。」

「あんのか~!!」

「いやさ、俺さ、去年卒業したチヨコ先輩っていたろ?あの人に少し前に呼び出されてさ、なんかすんごい積極的で。学校いた時から好きだのなんだの言われてたんだけどさ。」

「・・・へええ。」

「んで、部屋においでよって。家誰もいないからって。」

「・・・・え、お前、まさかそれって・・・」

「・・・・。」

「き、キス・・・だけじゃなく?」

「・・・・ん、まあ、そゆこと。」

なんてことだ。シュウは、大人っぽいと思っていたけど、もう俺よりはるかに大人だったのか。オサムはごくりと唾を飲んだ。

「で、どうだった?」

「何が?」

「何がとか訊くなよ。その、全部だよ。」

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