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2019/12/29 2019年の3冊《小説篇》

1 小栗虫太郎『黒死館殺人事件』(ハヤカワポケットミステリ)
 改めて説明の必要がないと思われる、夢野久作『ドグラ・マグラ』・中井英夫『虚無への供物』と並ぶ日本三大奇書の一冊だ。
 読み始めて最初に思ったことは「法水、よく喋るなあ」だった。しかも、その内容たるやぺダンチックこの上ない。読者によって好みがはっきり分かれる作品だと思う。わたしはこの手の衒学趣味は大好きなので、時間はかかるし、全部理解できるわけでもないけれど、それも含めて楽しく読んだ。
 ひたすら喋り続ける法水の推理はことごとく外れるし、それなのにはっとした後また自信満々で次の推理を披露するし、それに翻弄される支倉検事や熊城局長のことも含めてツッコミどころ満載だ。本来的な楽しみかたではないけれど、おもしろかった。

『一體君は、何を云ひたいんだ。』と檢事は、薄氣味惡くなつたやうに叫んだ。(p119)


2 レックス・スタウト/鬼頭玲子訳『ネロ・ウルフの災難 女難編』(論創社)
 3年ぶりにスタウトの邦訳を出してくれた論創社。日本独自の編集版だけれど、ちゃんとした本で読めることが嬉しい。「悪魔の死」「殺人規則 その三」「トウモロコシとコロシ」の中篇3篇と「女性を巡る名言集」が収録されている。副題にあるように、事件がいずれも女性のある行動から始まる。ウルフと助手のアーチーとのやりとりもおもしろいが、アーチーの独白にぐっとくる場面も多い。彼は優しい。
 「トウモロコシとコロシ」は「スイートコーン殺人事件」として知られる作品で、AXNミステリのドラマにもあるエピソード。このドラマには、アーチーの「親しい友人」リリー・ローワンは登場しないので、原作にあるエピローグは描かれない。原作のエピローグにおけるアーチーの振舞いが本当に素敵で、原作を読めてよかったと思った。
 シリーズ続篇の「外出編」が刊行予定とのことなので、訳者と出版社には気張ってもらって、2020年中にぜひ読ませてもらいたい。すごく楽しみ。

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3 町田康『ギケイキ 2 奈落への飛翔』(河出書房新社)
 全4巻予定の第2巻。町田節が冴える。平家追討の件はあまりにも呆気なく、兄頼朝との再会から静御前との別れまでを描く。第1巻冒頭からクレイジーな主人公として八面六臂の活躍をした義経がピュアでまともに感じるほどに、弁慶をはじめとした周囲の人物の歪さと俗物ぶりが甚だしいのだけれど、不思議なことにその醜悪さがむしろ人間らしく魅力的に映る。

そんな人々を弁慶は情け容赦なく、棒で殴り、或いは、ラリアットを炸裂させ、或いはジャンピングニーをぶちかまして、大暴れに暴れ、船の上は忽ちにして千切れた首、はみ出た内臓、噴出する血のりで地獄のようなことになってしまった。(p325)

海尊は弁慶に、「素敵だったわ」と言い、弁慶はそっぽを向いて、「たいしたことないよ」と照れてみせた。(p327)


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