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「探さないと聴こえないくらいの音が実は一番重要」サウンドエンジニアが教える、音楽をより楽しむ聴き方

楽曲の音の調整を手がけるサウンドエンジニア。音源やライブ映像のリリースには欠かせない存在だが、一般の音楽リスナーにとってあまり身近ではないかもしれない。表に出ない職種がゆえ、サウンドエンジニアがどんな役割を果たしているのかよく知らない人も多いだろう。

今回はももいろクローバーZやKEYTALKをはじめ、多数のアーティストの楽曲、また国内外のアニメやゲーム楽曲の制作に携わってきたサウンドエンジニアである戸田清章さんに、仕事内容や音の調整の仕方をインタビュー。「音のプロ」の立場から、ピヤホンの使用感や音楽をより楽しむ方法についても伺った。

<文:伊藤美咲/編集:小沢あや(ピース株式会社)

<戸田清章さん プロフィール>
1978年岡山県生まれ。2001年に東京のレコーディングスタジオ「HeartBeat Recording Studio」に入社。日本の音楽制作の第一線でサウンドプロデュースワークを学び、様々なメジャーアーティスト・クリエイターの楽曲制作に携わる。2015年からは活動拠点をアジアに移し、2023年にはソリッド・インターナショナル株式会社を設立。立体音響の技術を取り入れ、空間オーディオのコンテンツ制作​を開始。ももいろクローバーZ、BABYMETAL、KEYTALK、マーティーフリードマン、柴崎コウなど幅広いジャンルの楽曲・有名アーティストのレコーディングを担当する。

アーティストの伝えたいことを理解して「音」表現の手助けをするのがサウンドエンジニアの役割

そもそもサウンドエンジニアとはどんな職種なのか。戸田さんは「言葉の通り、音の技術屋です」と語るが、サウンドエンジニアも、その仕事内容はさまざまだ。

「担当領域によってレコーディングエンジニアやミキシングエンジニア、マスタリングエンジニア、PAエンジニアなどに分かれています。僕の場合は、レコーディングとミキシングをメインで担当していますが、ややこしいので『サウンドエンジニア』と名乗っています(笑)。

サウンドエンジニアは音響機材を扱うので、電気や機械の知識が必要なので技術的な仕事のようですが案外、感覚的な仕事でもあります。アーティストの楽曲イメージを音で表現しなければならないので、アート的な考え方もかなり必要な職種ですね。

アーティストが音源をリリースする際には、まずレコーディングと呼ばれる録音作業が行われる。音楽未経験者でも耳にする言葉だが、これが意外と奥深い。

「レコーディングとは、楽曲に必要な演奏をそれぞれのパートごとに録音していく作業です。そこに携わるレコーディングエンジニアの仕事はとてもシンプルで『良い音が録れる位置にマイクを置くこと』。僕は新人時代、先輩方に『レコーディングは音の響きを録るもの』だと教わりました。

言葉の通り、作業内容としてはマイクを置くだけなんですけど、意外と難しいんですよ。例えば、ドラムはスネア付近にマイクを置いても、他の箇所の音が録れないので、全部で20本くらい立てます。たくさんの種類の中から適切なマイクを選んで、それぞれ1センチ単位で録音位置を調整するんです」

こうしてレコーディングで録ったたくさんの音を合体させ、ひとつの楽曲に仕上げるのが、次の「ミキシング」と呼ばれる工程だ。

「音のバランスを調整する『ミキシング』は、自分とアーティストそれぞれのこだわりを合わせるので、とても細かい作業です。僕の場合は、音の響き方を調整する空間処理を特に意識しています。実は、みんなが気づいてないであろうエフェクトもいっぱい入ってるんですよ。

ミキシングの際に取り扱う音の数を『チャンネル』と呼ぶのですが、特にJ-POPはチャンネル数が多くて、200や300ほどの数になることも珍しくありません。それくらい大量の音をミックスしていき、最終的にはイヤホンのLとRの2チャンネルにまで落とすんです。

レコーディングできちんと音が録れていないとミキシングが上手くいかないし、いい音が録れていても、ミキシングで失敗することもあります。なので、レコーディングとミキシングは同じ人が担当する場合が多いです」

そしてミキシングをした楽曲たちをCDなどの製品にパッケージするのが、マスタリングエンジニアの仕事だ。

「マスタリングはもともとレコードをカッティングする技術だったので、レコーディングエンジニアやミキシングエンジニアとは全く別の仕事なんですよね。

それに、アーティストが1枚のアルバムに収録する楽曲は、それぞれ何人かのサウンドエンジニアが手分けしてミックスを担当している場合が多いので、音の大きさやバランスがバラバラなんです。

なので、アルバム全体を通して聴きやすくそれぞれの楽曲をまとめて調整するのが、マスタリングエンジニアの仕事です」

ミキシングは再生環境やアーティストの特徴に合わせて調整

戸田さんは、アイドルからロックバンドまでさまざまなジャンルの楽曲を担当している。ジャンルや楽曲によって、ミキシングの仕方はどのように変わるのか。

「ミキシングはどんな楽曲でも『楽器のバランス調整やアーティストの世界観を表現する』作業であることは変わりませんが、アウトプット先によって調整の仕方が大きく変わります。

例えば、クラブで流す曲ならスピーカーから爆音で流れて気持ち良いようにミキシングをしますし、ヘッドホンで楽しむような音楽なら、ヘッドホンで聴きながら細かく調整します。

先日、東京ビックサイトで行われたジャパンモビリティショーのメルセデスのブースで立体音響を作る依頼があったんです。そのときは『会場が展示場でそもそも響きが存在する場所だから、音の動きや空間がわかりやすいように、あまり響きが出ないようにミックスしよう』と考えて調整しました」

もちろん、アーティストの特徴やライブの雰囲気によってもミキシングの仕方は大きく異なる。

「KEYTALKの場合は、勢いのある音を表現するために、パートごとではなくみんなで一斉に演奏して録音するようにしています。彼らはメンバー全員めちゃくちゃ演奏が上手で、絶対にレコーディング中にミスをしないんですよ。

さらにKEYTALKはツインボーカルなので、それぞれでボーカルのエフェクトも少し変えて個性を出すようにしたり、ファンがクラップしやすいように音を調整したりしています。ライブのようなバンドの一体感が出るように意識していますね」

ミキシング作業において、ライブ環境を想定することは大事な要素だ。イヤホンで聴いたときに良くても、ライブ会場で大事な音が聴こえなかったら楽曲の良さが半減してしまう。

「ももクロの場合は、アイドルというよりライブアーティストだと思って調整しています。ライブではモノノフ(ファン)たちのコールがすごくて、メタルやハードコアに近いようなノリなんですよね。通常のミキシングだと音がモノノフのコールにかき消されてしまうので、ドラムとベースでリズムをしっかり作るんです。

また、彼女たちは声や歌い方が個性豊かなので、ソロパートのエフェクトもメンバーごとに分けます。一方で、4人一緒に歌うパートの時は全体のまとまりを大事にしています」

戸田さんがミキシングにおいて一番こだわっているポイントは「音の定位」だ。

「音の定位とは、『ヘッドホンで聴いたときに、音がどこから聴こえてくるか』を示すものです。ももクロの代々木体育館の立体音響のライブのミックスをしたときには、ステージ上での4人の立ち位置やフォーメーションと全く同じように定位を動かしました。

ほとんどの人は気づいてないかもしれませんが、メンバーがステージの左側で歌っていたら、音も真ん中よりも左から聴こえた方が臨場感が出ると思うんですよね。

この定位の調整を全曲やったので、めちゃくちゃ時間かかりました(笑)。ライブミックスでは、定位を調整することで、視覚と聴覚の誤差や違和感をなくすことを重要視しています」

戸田さんがサウンドエンジニアとして20年以上のキャリアを歩む間に、ストリーミングサービスが普及したり一般リスナーが使うイヤホンの性能が上がったりと、再生環境が大きく変化した。それに伴い、ミキシングのあり方も変わったそうだ。

「今、スマホやAirPodsでのサウンドチェックは必須になっていますね。いくらスピーカーで気持ちよく聴けても、大半の人がスマホで聴く音楽だったらスマホでよく聴こえないと意味がないんです。

数百万円するスピーカーでしっかり音を作った後に、3万円のヘッドホン、ラジカセ、さらにスマホのスピーカーとの差をどんどん埋めていきます。

最終的にどれで聴いても印象が変わらなければミキシング成功です。もちろん再生デバイスによって周波数特性が違うから聴こえ方は変わるんですけど、良いミックスがされた音源は、どの装置で聴いてもかっこいいんですよ」

一般リスナーの声を聞くことでミキシングの考え方が変わった

戸田さんは2000年から東京のサウンドエンジニアとして働いた後、2015年に家族で福岡に移住した。活動拠点を移したことにより、音楽に対する考え方やミキシングの仕方にも変化があったそうだ。

 「僕は14年間東京にいましたが、家とスタジオの往復だけで1年が終わっていたんですよね。あと、周りにはアーティストやディレクターなど同じ業界の人しかいなくて、会話も音楽の専門的な話ばかりでした。

でも福岡に移住したら、周りに音楽業界の人がほとんどいなくて。音楽の話をするにしても、同業者と一般の人だと全然内容が違うんですよね。一般リスナーのリアルな声を聞けるようになったのはすごく大きな変化でした。福岡は音楽好きが集まっているので、『今こういう音楽が流行ってるよ』『福岡にこんなバンドがいるよ』と話せるのはすごくありがたいですね」

to C向けのサービスや商品はよく「ユーザーの声を聞くことが大事」と言われるが、それは音楽も例外ではない。

「一般リスナーの話を聞いていると、自分が思っている以上にミキシングのこだわりが伝わってないことに気づかされました。逆に『こういうところを聴いてくれてるんだ』という学びもありましたし、ミキシングの感覚がだいぶ変わりましたね。エンドユーザーの声をきちんと聞くことは本当に大事だなと思いました」

戸田さんのお話を伺っていると、サウンドエンジニアは技術的なスキルだけでなく、再生環境を想定する想像力やリスナーを想うマインドも大事であることが伝わってくる。

「楽曲は作詞作曲編曲を担当した人のもので、演じるのはアーティスト。レコーディングやミキシングを担当していても、言ってみればサウンドエンジニアの作品ではないんですよね。

サウンドエンジニアはどうしても『どのように自分の色を出すか』を一生懸命考えて音の調整をしがちですが、本来はアーティストが表現したいことを考えつつ、最終的にファンがどう感じるか、どう聴こえるか、どう楽しむのか、その楽曲の演出を考えてミキシングをしないといけないんです」

戸田さんがリスナーファーストの考え方にシフトしたきっかけは、ももクロのライブだそうだ。

「実は僕はもともとライブが好きではなくて、全然見に行ってなかったんです。でも先輩に『一回ライブに行ったらミキシングの仕方が変わるよ』と言われて。ももクロのライブに行ったら、モノノフたちの熱量に圧倒されたんです。『こういう感じで音楽を楽しんでいるんだ。もっとファンに寄り添ったミックスにしよう』というマインドに変わりました」

宝探しの感覚で音に注目すると音楽がもっと楽しくなる

日頃から様々な音を耳にしているサウンドエンジニアからすると、ピヤホンはどのようなイヤホンなのだろうか。

「ピヤホンシリーズは第1弾が出たときからずっと試させてもらっていて、有線ピヤホン3はプライベートでも仕事でも愛用しています。ミキシングをするときは制作者とリスナー両者の考えを持って音を聴き比べるんですが、まさにピヤホンはどちらにも使えるんですよ。

実際にももクロの代々木体育館の立体音響ミックスは、ピヤホンで聴きながら調整しました。立体音響は天井にも音があるので、ちゃんと音の定位を拾えるイヤホンがなかなかないんですが、ピヤホンだとしっかり聴こえます。ピエール(中野)にも『ピヤホン使わせてもらうね!』と連絡しましたね」

また、戸田さんは音のプロとしてピヤホンの良さがわかるからこそ、「一般リスナーがピヤホンを絶賛する声を聞くと嬉しくなる」と語ってくれた。

「サウンドエンジニアから見ても良いイヤホンなので、一般リスナーが絶賛するのも当然ですよね。特にSNSで『今まで聴こえなかった音が聴こえた』と見るとニヤニヤしちゃますね(笑)。現代で販売されているイヤホンやヘッドホンは、ある程度の技術が施されているので、本来聴こえない音はないはずなんです。

なのに、なぜピヤホンだと『聴こえなかった音が聴こえる』かと言うと、理由はすごく単純。イヤホンが音を出すものとして作られているか、音楽を鳴らすものとして作られているかの違いだと思います。

ピヤホンは音楽を聴かせようとしてチューニングしているから、色んな音に気づかせてくれるんです。リスナーにとってはすごく面白い体験ですよね。ピヤホンは音楽を楽しく聴く手助けをしてくれるイヤホンだと思います。

一時期、スマホで360度見られるミュージックビデオが出た時期がありましたよね。でもそれが流行らなかったのは、リスナーがどこを見たら良いのかがわからないからだと思っています。普通のミュージックビデオは映像監督がアーティストの最も良い部分を切り取って見せているからかっこいいんですけど、どこを見ても良い状態だと、結局一番かっこいいところを見逃してしまうんです。

映像監督がミュージックビデオを一番楽しめるように仕上げているように、ピヤホンはピエールが楽曲の一番良い部分をリスナーに聴かせてあげているから、音楽をより楽しめるのだと思います」

音楽はリスナーが自由に聴いて楽しむものだが、、ピヤホンがきっかけで「もっと音楽を味わいたい」と考えるようになった人もいるのではないだろうか。最後に、より音楽を楽しむためのポイントを語ってもらった。

「音楽を宝探し感覚で聴いてみると面白いと思います。」

僕も中学生の頃にカセットウォークマンを初めて使ったとき、それまでラジカセで聴こえなかった音がたくさん聴こえて、ものすごい衝撃を受けたんです。それから音を探すことにハマって、ずっと音楽を聴く生活をしてきました。

実はその探さないと聴こえないくらいの音が、アーティストやサウンドエンジニアたちが一番表現したかった部分だったりするんですよね。その音が歌詞の中のキーになっているとか、作品の中で表現したかった音像になっているとか。僕はそれをサウンドエンジニアになってから気づいて、やっと腑に落ちました。ぜひみなさんも意識してみて、音楽を楽しんでください」


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