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雑談時の相手の息遣いも音楽表現に取り入れる。堀江晶太が楽曲制作前の対話にこだわる理由

PENGUIN RESEARCHのベーシストであり、ボカロP・kemuでもある堀江晶太さん。作編曲家としてLiSAやベイビーレイズJAPANへ楽曲提供のほか、「ウマ娘 プリティーダービー」などのゲームキャラクターソングの制作なども行う彼は、日本を代表する音楽家のひとりだ。

これまでにも多種多様なアーティストとタッグを組んできた彼は、楽曲が完成するまでにどのような思考を繰り広げているのだろうか。楽曲制作への取り組み方やインプットの仕方、また自身のキャリアの原点となったボカロシーンへの想いを伺った。

<文:伊藤美咲 / 編集:小沢あや(ピース株式会社)

堀江晶太さんプロフィール>
5月31日生まれ、岐阜県出身。作編曲家として10代の頃から活動を開始。2015年にPENGUIN RESEARCHを結成し、2016年にメジャーデビュー。2017年、ミリオン再生を達成している「人生リセットボタン」「六兆年と一夜物語」などを手がけたボカロP・kemuであることを公表した。

自分の内側と外側のものを織り交ぜた楽曲制作

堀江さんは過去に「自分のセンスを疑う時間を持っている」と発言していたことがある。彼にその言葉の意味を深掘りしてみると、意外にも根底にあったのは自信のなさだった。名だたるアーティストの楽曲を手がけたりミリオン再生を突破する楽曲をいくつも出したりしても、自信の能力を盲信せず、常に客観的に物事を見る姿勢が身についていることが伺える。

「僕はこれまでの作品ややってきた仕事に対して、プライドを持っています。ですが、自分の能力や感性そのものには自信がないんですよね。それに、主観ひとつで物事を進めるといつも通りのものしか生まれません。なので、自分の内側にあるものだけで創作をすべきではないと思っています。とはいえ周りの意見だけで作ると、僕が作る意味がない。自分の内側と外側のものを織り交ぜて楽曲制作をすることが必要だと思っています」

堀江さんのこの制作スタイルは、今に始まったものではない。その原体験は小学生にまで遡る。

「小学生の頃に幼馴染がアプリを使ってRPGゲームを作っていたことをきっかけに、それにつけるBGMを作ってみたんです。幼馴染や周りの友達の意見を聞きながら曲を作ったことが、僕の創作のスタートでした。当時からひとりで黙々と制作して完成したものをシェアするのではなく、周りとコミュニケーションを取りながら仕上げていく方が居心地がいいなと思っていました」

楽曲制作はサービス業

誰かとものづくりをする際、避けて通れないのが人とのコミュニケーションだ。楽曲が完成するまでの間に、依頼者やタッグを組んだ相手と意見が合わないこともあるだろう。そんな状況でも堀江さんは冷静さを忘れない。

「リテイクの指示やダメ出しがあっても、絶対に怒らないようにしています。大切に作った楽曲に否定的な意見を出されてムッとする気持ちもわかります。でも、その意見をネガティブな感覚で受け取ると、作品にとってもマイナスになってしまうんですよね。だから何を言われても一旦冷静に受け止めます。それで納得できなければ納得できないでいいし。『一人芝居をしてるわけじゃない』という感覚を絶対になくさないことが大事です」

ものづくりをする人は、よくアーティストやクリエイターと呼ばれる。一般的には堀江さんもそう呼ばれるうちのひとりだが、彼は自身の業種のことを「アーティストよりもサービス業」だと語る。

「僕はかっこいい曲が完成したときより、依頼してくれたアーティストやプロデューサーが喜んでくれた瞬間の方が喜びを感じるんですよね。あとは、この業界に入ってくれた若いクリエイターから『堀江さんの曲を聞いてこの業界に入りました」と言ってもらえたときとか。誰かに喜んでもらえたり人の役に立てたときが嬉しいので、自分の仕事はサービス業に近いと思っています」

雑談中の相手の様子に楽曲制作のヒントがある

周りからの意見を積極的に取り入れて楽曲制作をしている堀江さんは、依頼を受けるときの条件に「話し合いの時間を作ってもらえるか」が入ってくるのだと言う。対話の中で彼は何に注目し、何を得ているのか。

「制作に入る前に、アーティストご本人かプロデューサーと必ず1時間以上の話し合いの場を設けてもらっています。事前の擦り合わせがしっかりとできない場合は、どんな案件であってもお受けできません。

最初の対話がきちんとできれば、自ずといいものが出来上がるという感覚があるんです。ただ、逆はない。『任せました』『いつもっぽい感じで』と言われても、良いものは生まれません。最初の話し合いが楽曲の仕上がりの80%を決めると言っても過言ではないくらい、大事なプロセスなんです。

話し合いの場で心がけているのは、まず雑談をすること。雑談中の相手の様子や間の使い方、不意に発せられたワードに楽曲制作のヒントがあると考えています。息遣いや言葉の熱の込め方は音楽表現にリンクさせることも多いんですよ。対話の内容や様子をメモしておいて、メロディワークや歌詞の抑揚に反映させています」

依頼者との濃密な対話や、自身のセンスを疑う時間を経て、堀江さんの楽曲は完成へと近づいていく。だが、堀江さんの楽曲制作にはもう一段階ある。「楽曲を寝かせる」というプロセスだ。

「楽曲が完成しても、その日だけの自分で判断しないようにしています。一旦、楽曲と自分を寝かせて、後日聴き直して判断します。完成したときの高揚感は気持ちいいものですが、それは作った自分の感情で、他のアーティストやリスナーに伝わるものではありません。冷静に曲を聴いた自分と話し合って、最終的な決断をします」

リスナーの環境で聴いて、「ピンとくる音」を作りたい

「ミュージシャン同士が機材の話で盛り上がった」というのはよく聞く話だ。それだけ楽曲制作に関わる人たちは機材好きが多く、こだわりを持っている。しかし意外にも、堀江さんは「機材にあまり興味がない」と語り、普段使用している機材も一般リスナーが使用しているものと同等品だそうだ。

「リスナーがなかなか聴き取れない音よりも、なんとなく聴こえる音域を重視して楽曲を作りたいんですよね。作り手と聴き手のギャップを作りたくないので、機材も手頃なものを使うようにしていて。ミックスやマスタリング時はスタジオでハイエンドの機材を使用するので、そのときに聴こえてなかった音域を確認して最終的な調整をしています。雲の上から作った曲を地上に投げるのではなく、地上で作っていたいという感覚があるんですよね」

堀江さんが普段ハイエンドの機材を使わないのには、もうひとつ理由がある。

「最初から良い環境を揃えるのではなく、まずは自分の腕と耳を鍛えることが大事だと思っています。ゲームで例えると、自分のレベルに合ってない武器を持っていても使いこなせないじゃないですか。まずは武器なしでも戦えるくらい自分のことを鍛えて、『これ以上は新しい装備がないと厳しい』となったときにようやくアイテムを買う。そうしないと良いものに依存して、自分自身の感覚がストップしてしまう気がするんですよね」

リスナーのリスニング環境から逆算して使用機材を選定しているのと同様に、堀江さんは普段から常にアウトプットを見据えたインプットをするようにしていると言う。

「インプットとアウトプットを繋げることは日頃から意識しています。作りたい曲のイメージに近い音楽を集中して聴いたり、弾きたいフレーズをひたすら練習したり。日常ではあまり音楽を聴かないですし、身近にあるものすべてからインプットしようとはしていないですね。

自分のモチベーションやクリエイティブのバイオリズムは、いつも意識しています。意識が外に向いているときは積極的にいろんな音楽を聴いてインプットするようにしていますが、内側に向いているときは情報を入れないようにしています」

自分自身に栄養を与え続けることが継続のコツ

今は「好きなものを仕事にしよう」という風潮もあるが、実際に好きなことを仕事に繋げ、継続することは容易いことではない。堀江さんのように創作活動を続けるために大切なことは何なのだろうか。

「人間はみんな飽き性なので、モチベーションを持続できるようにすることが大事だと思っています。『今日は昨日よりも良いものを作り出せた気がする』と思えたとか、『新しい依頼の話をしてもらえた』とか。音楽に限らず、無機質なものになってしまったら創作を続ける意味がないんですよね。どれだけ音楽が好きでも長い間一人で情熱を注いで続けていくことは無理だと思うので、自分自身に栄養を与え続けるようにしています」

10代の頃から音楽活動を続けてきた堀江さんが、継続して得たもの。それは、自分の好きな人たちと音楽ができる環境と応援してくれるリスナーだ。

「ここまで続けてきたからこそ、今は素敵な人たちに囲まれて音楽活動ができているなと思っていて。曲を作るときも積極的に話し合いの時間を作ってくださる方ばかりですし、リスナーも真摯に音楽に向き合ってくれる方が多いなと実感しています。これだけは自信があります。

ただ、この素晴らしい環境は一部のアーティストにしかないものだと思うんですよね。なのでもっと若手のアーティストや他のクリエイターにも共有して、これを業界のスタンダードにしていく動きに注力したいなと。そのためには僕自身も良い楽曲を作り続けて、それにふさわしいアーティストであり続けたいと思います」

ボカロが世に広まったのは当然のこと

堀江さんを紹介する上で欠かせないキーワードは、やはり「ボカロ」だろう。彼のルーツであり最愛の音楽ジャンル、ボカロシーン全体への想いを次のように語ってくれた。

「僕は昔からボカロはすごくかっこいいものだと思ってるので、今の世間で広まっていることは当然のことだと感じています。僕の原点となる音楽のひとつでもあるので、自分の中に染み付いているんですよね。なので意識せずとも僕の楽曲が『ボカロっぽい』と言われることはありますが、それも自分らしさだと思っています」

堀江さんはボカロPでありながら、ひとりのボカロリスナーでもある。さまざまな名曲が生まれる中で、他のボカロPに対してライバル心を燃やしたり嫉妬の気持ちが芽生えたりすることはなかったのだろうか。

「一番ボカロPとして精力的に活動していた10年前は、他のボカロPと全然交流がなかったんですよね。でも曲はよく聴いていて。素晴らしい曲を聴くたびに悔しい思いをすることもありましたが、同時に『これぞ僕の愛したボカロシーンだ』と誇らしい気持ちにもなっていましたね。

だからこそ、これからはボカロ文化の土壌を耕す人になりたいんですよね。どこから見ても目立つような大きな木のような存在は他にいると思うので、僕は新しい芽が生まれていくべき場所を豊かなものにしたいです」

音の終わりに注目すると音楽はもっと面白くなる

多数のアーティストから絶賛のコメントが寄せられているピヤホン・ピッドホンシリーズ。堀江さんも使用後、すぐに「とても良い商品」とピエール中野にメッセージを送ったと語ってくれた。

「ピッドホンは、密閉型特有のヘッドホンに起こりがちなハイの尖りや音像の圧縮感が気にならずに使用できます。それに、音が鳴っている位置やリズムの抑揚を把握しやすい。

音の解像度が高すぎると情報が多くて逆に聴きにくくなってしまいますが、ピッドホンやピヤホンは聴きたい要素を的確に捉えられるちょうど良い音質の良さだなと思います。日常でも楽曲制作をする際のリスニング環境としても、使いやすいです」

これまでに数々の楽曲を生み出し、音楽ファンを喜ばせてきた堀江さん。最後に、リスナーがより音楽を楽しむコツを教えてもらった。

「音の終わり際に注目して音楽を聴いてみると面白いと思います。これは実際に僕も楽曲制作やリスニング時に意識しているところで、同じ「あ」という文字ひとつでも「あー」「あっ」「あっ!」とどのように終わるかで全然変わってくるんですよね。

これは歌だけではなくギターやドラムなどの楽器でも同じで、実際のBPMが同じでも、音がどう減衰していくかによってスピード感や抑揚が違って聞こえます。そこにそのアーティストらしさも表れているので、音楽を楽しむひとつのTipsとして覚えておいてもらえたらと思います」


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