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声優として、歌手として。花澤香菜の、声と言葉へのこだわり

唯一無二の澄んだ声を特徴とし、様々なキャラクターを演じる声優・花澤香菜さん。歌手としても6つのフルアルバムをリリースし、その活動が広く注目されている。
 
声優として、歌手として、花澤さんはどのようなことを意識して作品づくりをしているのだろうか。キャラソンと自分名義の音楽の違いや、複数の言語で歌うことで生まれるもの、歌詞へのこだわりなどについて聞いた。
 
<取材・編集 小沢あや(ピース株式会社)/構成 山田宗太朗

花澤香菜さんプロフィール>
声優・歌手。アニメ『ポケットモンスター』コハル役、アニメ〈物語〉シリーズの千石撫子役など、多くの人気キャラクターの声を担当。歌手としては、2012年に『星空☆ディスティネーション』でソロデビュー。最新シングル 『駆け引きはポーカーフェイス』が2022年7月20日にリリースされる。


 
声優としてのこだわりは、自分の声を活かして芝居すること

 
花澤さんが初めて声優としてアニメ出演を果たしたのは、中学生の頃。当時からアニメが好きな少女で、深夜アニメを録画して楽しんでいた。しかし、声優としてのキャリアを強く意識していたわけではなかったという。数年のブランクののち、2006年に『ゼーガペイン』でヒロインを演じたことがきっかけで、本格的に声優を目指すことになった。
 
「声優になるためには養成所で技術を学ぶのが一般的なんです。けど、わたしの場合はそういった経験がないので、自分なりに考えながら今のスタイルにたどり着きました。意識しているのは、わたしっぽさをあまり変えずにキャラクターになること。というのも、自分で言うのもなんですが、わたしは自分の声を活かせるタイプの声優だと思うからです。キャラクターに合わせて声を変えるのではなく、お芝居で表現するようにしています」
 
花澤さんの、芝居へのこだわりは強い。舞台となる場所に足を運ぶだけでなく、心のバランスが崩れたキャラを演じる際は、靴を左右逆に履いて生活してみるなど、役作りを欠かさない。ロボットアニメに出演した際は、相手の攻撃を受けた際の衝撃を体感するために、なんと、壁に体当たりをくり返したという。
 
「台本には『キャー!』って書いてあるんですが、『キャー!』って、普通に言おうとすると難しいんです。悲鳴を習得するのに、めちゃくちゃ時間がかかりまして(笑)。実家の壁に体当たりして『キャー!』って叫んでみて、『なるほど、こんな感じか~』って確認しながら練習しました」
 
こんなふうに役作りを進めながらも、自らのこだわりを詰め込み過ぎないことがポイントだとも語る。
 
「あらかじめ役を固めてしまうと、現場で変えてくれと言われた時に、変えられなくなってしまう。わたしのお仕事は、監督が思い描くものをしっかりお届けすること。そしてあわよくば、監督が想定していた以上のものを表現することだと思っています」


 キャラソンが注目され、ソロ歌手としてのキャリアを開拓

 
2010年に放送されたアニメ『化物語』では、主要人物のひとりである千石撫子を演じ、撫子が歌うオープニング曲『恋愛サーキュレーション』が話題になった。この頃から、花澤さんの歌声への注目が集まるようになる。
 
「キャラソンは、キャラクターになりきってそのキャラクターの気持ちを歌っているので、お芝居の延長線上という感じです。個性的な曲が多いけれど、そのキャラをちゃんと感じていれば歌いやすいものでもあります」
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キャラソンの仕事が増えていく中で、漠然と、自分名義で音楽活動をやることに惹かれていく。そうして2012年、『星空☆ディスティネーション』で、花澤香菜としてのソロデビューを果たした。
 


「自分名義の時は、『どういうテンションで歌おう?』みたいなところからはじまります。最初のシングルを出す前は、とても贅沢なことに、北川さん(花澤さんのプロデュースを担当している北川勝利さん)が作ってくれたストック曲をたくさん歌ってみて、どんな歌い方がわたしらしいか探っていきました」


 歌詞のこだわり「ひとりでいると生み出されないものがある」


自分名義の作品では、作詞も手がけている花澤さん。大学時代に国文学を専攻し、小説や詩を愛するからこそ、どんな表現がふさわしいのか、時間をかけて考える。それは、部屋にこもって孤独に歌詞と向き合う作業とはやや異なるようだ。

「ひとりでいると生み出されないものがあるなと思っていて。考えが偏ってしまうし、気づけることにも気づけなかったりする。友達としゃべったり、人と触れ合う時にヒントを得ることが多いです」

たとえば、こんなエピソードがある。ある日散歩をしていて、学校帰りの小学生たちが線路沿いの小高い丘で無邪気に花を摘んでいるのを見たという。その時、花澤さんは「そういえば、最近、花摘んでないな……子どもの頃は無邪気に花を摘んだり、虫を捕ったりしてたのに」と思った。その気持ちが『Moonlight Magic』(’21)の歌詞になった(「花を摘むように/ただ無邪気に/君を独り占めしたい」)。

「メッセージありきで歌詞を書いてしまうので、もう少し音を意識しながら作詞できるようになりたいです。『Moonlight Magic』だと、サビの『ドキドキ』の『キ』の音がいちばん高い音程なんですよね。喉が苦しくなるので、それをすっごい後悔していて。『10年やっててこれか……』みたいな感じなんですけど(笑)。でも、ひとつの曲にひとつしっかりしたメッセージがあれば、歌詞として成立すると思っています」
 
 

歌唱言語を変えると、リズムが変わる 


近年、花澤さんの人気は日本を超えて海外まで広がり、中国語で楽曲のレコーディングに臨む機会も増えてきた。花澤さんによれば、中国語は子音が多いため、日本語よりも音数が多くなり、それが新たなリズムを生み出しているのだという。
 
「たとえば『星空☆ディスティネーション』を中国語で歌うと、日本語よりもノリノリになるんです。この変化は面白いですね。ただ、油断すると発音するだけで終わってしまうので、そうならないように、単語の切れ目を意識して、できるだけニュアンスを入れるようにしています。日本語で歌う時は等身大のわたしで歌おうと思っているのであまり過剰なニュアンスは入れないんですが、中国語で歌う時は真逆です」
 
ほかに中国語で歌った時に印象が変わる曲として、最新アルバム『blossom』(’22)収録の『GSSP』を挙げてくれた。
 
「『GSSP』は、結構、ゆっくりした体感だと思うんです。でも中国語で歌ってみたら、すごかったんですよ、早口言葉で。わたし、上手くできないのが悔しくて、生まれて初めてレコーディングで舌打ちしました(笑)。『え? なんで? こんなにできないの!?』と思ったら自然と舌打ちが出てしまって……。スタッフのみんなにも爆笑されて、『初めて舌打ち聞いたんだけど! 今の録音しておけばよかった(笑)!』って言われちゃいました(笑)」
 


 
 
ボイスガイダンスは常守朱(『PSYCHO-PASS』)

 
さて、花澤さんとピヤホンとのあいだにどんな繋がりがあるのかというと、実は、現行モデルだとピヤホン5でスマホとの接続時などに聞こえるボイスガイダンスを花澤さんが担当しているのだった。それも、花澤さんが演じる常守朱(アニメ『PSYCHO-PASS』)の声で。
 
「最初に音声を入れる時は緊張しました。『え、この声で起動するの?』って思われたら嫌なので……。くどすぎず、ほんわりしすぎず、ちょうどいい音声にしないといけない。でも、朱ちゃんボイスを選んでくれたのはめちゃくちゃ嬉しかったです。『PSYCHO-PASS』は作品内で完結している作品で、他のコンテンツにはなりにくいんです。でもこうして作品を飛び出して朱ちゃんの声を届けられて、個人的にとても嬉しいです」
 
花澤さんがピヤホンで聴いてほしい自分の曲は、アルバム『Blue Avenue』(’15)収録の『I♥New Day!』だという。
 
「この曲は、北川さんがニューヨークで指揮をとって、現地のアーティストのみなさんに演奏してもらっているんです。そのグルーヴ感がめちゃくちゃいいので、ぜひピヤホンで楽器が際立つ感じを味わってほしいです」
 

自分を「信じる」ではなく、「諦めない」こと 


ファンのあいだでは有名だが、花澤さんはかなりの音楽好きで、好きなアーティストのライブを見るためなら遠方にも足を運ぶ。特にロック系の音楽が好きで、アルバム『ココベース』(’19)では、これまでに影響を受けてきたアーティストに楽曲制作を依頼した。なかでもチャットモンチーは学生時代から特別な存在で、カラオケでも十八番なのだという。
 
「学生時代の思い出に浸りたい時、チャットモンチーを聴けば、すぐあの頃の気持ちになれます。集中力を高めたい時はライムスター、元気が出ない時には空気公団。そんなふうにシーン別で聴きたい音楽が決まっているかも」
 
では、シーン別に自分の曲をおすすめするなら? 前向きになりたい時はアルバム『blossom』を。なかでも特に『草原と宇宙』がおすすめだという。
 
「『草原と宇宙』はすごく器の大きい曲。『誰ひとりも ひとりぼっちで 置いてかない世界へ』という歌詞があるんですけど、『誰ひとりも』って、いちばんは自分を指しているんじゃないかと思っていて。『何よりも、自分を大事にしてね』というメッセージが込められている曲だと思うんです」
 


 
少し前、花澤さんは少し気持ちが落ち込んでいたのだという。「もしかしたら、今までみたいにお仕事ができなくなるかも」と考えることもあったそうだ。だが、自分を諦めず、できることをコツコツ積み重ねた結果、現在は軽やかな気分で歌に取り組めている。
 
「ついこの間ライブをやった時、『あの時、自分を諦めなかったから今ここにいられるんだ』と思ったんです。自分を信じることは難しいけれど、諦めないことならコツコツできるかもしれない。『草原と宇宙』を歌いながら、そのことがすごくしっくりきたんです。今目の前にある壁に固執することも大事かもしれないけれど、時には他の道を探すことだって、ちゃんと自分に向き合っていることになる。それだって『自分を諦めない』ことだと思うんです。だから、たまには逃げてもいい。そんなふうに背中を押してくれる曲だと思います」


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