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うしの絵

小さい頃から絵を描く習慣はあった。
幼稚園や学校の授業に加えて、
小学校の頃は絵の先生の自宅に習いに行っていた。大学生になると専攻とは全く関係なく
油絵の授業も取った。
(しかーし、油絵はとことん才能ナシだった)
美術館に行くのも好きだから
多分絵が好きなんだと思うけど、
わたし、絵が好き  だと
その気持ちにフォーカスしたことは 無かった。

絵に関連した幼い頃の重たい気持ちが、ある。
幼稚園の時、
私はカトリック系の幼稚園に行っていて
日曜日は礼拝があって月曜日が休みだった。
園長は牧師で、子供には全く興味が無さそうで
子供に対してかなり塩対応だった。
勿論ステレオタイプに優しい先生が沢山いて、
園長が塩対応でも全く問題は無かった。
でも何故か園長は子供に人気で、皆が声を揃えて
園長校長豚ラーメンというなぞのかけ声を唱えると
どこからか園長がやって来るという感じだった。
みんな園長校長豚ラーメンが好きだった。

そんな変わった幼稚園で、
私は少し変わった子供だった。
いつ字を覚えたのか、今では誰も分からないけど
幼稚園にあった絵本は
片っ端から1人で読破していたり、
まとわりつく(言い方…)友達を巻いたり、
園内にある大きな楠木を見上げては
遠ざかる意識に帰れなくなるようで少し怖いなと
思ったりするような子供だった。

ある日、大きな模造紙に絵を描く時間があった。
何故?うしの絵を描いたのか全く覚えてないが
うしの話を聞いて?みたいな感じで2グループに
分かれて大きなうしを描く時間だった。
紙が大きすぎてみんなで1枚だから、
誰も最初の一筆を
(クレヨンと水彩だったように記憶している)
描かなくて微妙な時間が流れた。
そういう時、
決まって園長は子供を無視して描き始める。
その時も最初の一筆は園長だった気がする。
私はというと、実は描きたくてウズウズしながらも
描きたいと言えなかったから、
園長が描き始めたのを皮切りに自然に手が出た。
気づいたら紙いっぱいに大きなうしを描いた。
描いている間、全く周りが入って来なかった。
全く協調性が無かった。
意外に大問題かもしれない。
ただ、みんなが上手いと褒め称え、自分でも
そう思った。
もう一枚の模造紙は、園長が描いた跡をみんなで
描き加えてそれなりに出来上がった。
私的には わたしのうし(みんなのだよ!)が
どう見ても良かった。
「記念写真を撮りましょう」
優しい先生が言って皆んなで絵を持ちながら
写真におさまることになった。
当然、私もわたしのうしの絵(みんなの!)を
持っていたわけだけど、
何故かその絵の方に沢山集まってしまって
もう片方のうしの絵が空いてしまった。
「こっちにも分かれてねー」などと園児を振り分け
あろう事か 私はわたしのうしの絵じゃ無い方に
移動させられたのだった。
私は泣いた。
子供のようにわーんと泣けば
気づいてもらえたかもしれないのに、
日頃の性格からそんな派手なことは出来なかった。
目に涙を溜めてこぼれ落ちないように。
その時の写真はまだ実家にあるかもしれない。
写真では涙まで分からなかった。
少し大人になって、試しに母に告白した。
私が描いた方で写りたかったと。
ただ、あまり理解されず
やっぱりアンタは絵が上手いねぇとかなんとか
言われたように思う。
ちなみにその写真を撮る時、
園長は多分私の気持ちを分かったように思った。
ただ、塩対応なので私を元の位置に戻しはしない。
あの時自分で言えばよかったのだ。
たったコレだけのことを、私はこれまでの人生で
何回思い出しただろうか。
感情というのは簡単に湧いて来るのに
手放すのが難しい。
ただ、大人になって、そういうもう要らない感情を
手放すことができると知った。
まだ完全では無いけれど、この時の気持ちも
手放したいと思っている。
色々な方法があるみたいだけど、
ある人がインスタで、
「昔キティちゃんの砂絵をすごく大事にしていて
未完成だったのに捨てられたか何かで未だによく
その砂絵を思い出すから、試しにメルカリで調べたらまんまその砂絵と全く同じものが売ってあって、思わずポチってやってみたら気が済んだ」
と言われていたのを見た。
私もうしの絵の感情を
絵を描いて手放せば良いのかも?
頭の片隅にそう思っていた。
でも、油絵は続かなかったし、
水彩の気分でも無かった。
えんぴつよりカラフルな絵が描きたいし、
と思っていたら何が良いのか分からなかった。

月日は流れ2022年2月22日スーパーネコの日🐈🐈‍⬛
YouTubeで人気のすいれんさんが
光の絵のレッスンをするというのを知った。
光の絵ってすごい良くない!?と飛びついた。
ちょうど今マイブームが来ている石を貼り付けたり
するっていうのにも惹かれた。
画材はすいれんさんがYouTubeで
詳しく教えて下さったので、
同じようなものを近所の画材屋さんで見つけた。
こんな事もなければ入らなかったお店。
おじさんが優しかった。
あと、金継ぎで残った金粉や、
貝殻の粉(手作りアクセサリーのパーツ屋さんで
調達した)や、さざれ石を使おうと思う。
とっても楽しみだ!



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