地味に嬉しい、よね


ICカードをタッチして改札を抜けると、残高がぴったり0円だった。

ここのところ1円単位の端数がずっと残っていたから、ちょっと残っていた冷蔵庫の中身を一掃したような、小さなすっきりを覚えた。偶然ではあるけれど、だからこそ、嬉しい。


地下鉄の駅から地上に出ると、夏らしい夕暮れの空が広がっていた。

だいぶ日が長くなった。この時間でもまだ明るい。
沈みかけの太陽の光を反射した雲が、柔らかい白色で、なんだか安心する。
きれいな空を見れた日は、どんなことがあっても元気になれる。


駅からバイト先に向かう道すがら、下校中の高校生集団とすれ違う。
電線にとまっている大量の鳥の群衆にキャーキャー言いながら坂道を駆け下っていく女子高生たちは、夕暮れには似合わないほど元気だった。

空を見上げながら歩いていた私は、高校生からのいぶかしげな視線が気になって、何事もなかったように道の先へ視線を戻す。

ふと、交差点の真ん中で、空に向かってスマホをかざしている子が目に入った。
「え、ねえ何してんの?」
「いや、空がきれいだなと思って」

すれ違い際、そんな会話が耳に入った。

思わず振り返った私には気づくことなく、その子はポケットにスマホをしまい、友達に追いつこうと歩き出していた。

あの子も、この空がきれいだと思ったのか。

自分と同じことを感じる人がいる。
たとえその思いを共有できなくても、嬉しい。私の一方的な片思いだけれど。


毎日いろんなことがある。楽しいことも、疲れることも、いらだつことも。
でも、今日みたいに「地味に嬉しい」を見逃さないようにしたい。どんなに小さな嬉しさでも、すごくすごく価値のあるものだと思えた方が、人生ちょっと幸せなような気がする。

そして、私の「地味に嬉しい」を馬鹿にせず、「いいね」と言ってくれるひとと一緒にいたいと思った1日だった。

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