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『ひかりごけ』を読んだ

2022/5/9、読了。

読み始めてすぐに、なんて上手い文章を書く作家なのだろう、と幸福を覚えた。雨の中を歩いた後で身体に貼りつく衣服のようなじっとりとした実感と、鬱屈した仄暗い感情が、無駄なく簡潔に語られる。

武田泰淳との出会いは、全文掲載されているわけではなかったが、中1の時に現代文の先生が渡してくれた『ひかりごけ』のプリントだったように思う。まず近代日本文学が「食人」というシリアスなテーマを扱っていることに驚愕したし、加えて「食人をした人間の後ろに光輪が浮かぶ」という設定の斬新さにどうしようもなく惹かれた。今回で、ほぼ10年越しにきちんと武田泰淳を読んだことになる。

本書は、短篇4篇で構成される。以下、それぞれに短く感想を付す。

『流人島にて』
じめじめとした島の風土の描写を読むだけで、身体が潮風でべとついたように錯覚する。不穏さが徐々に高まる筆致には緊張させられた。長い復讐を果たした後には、気怠さだけが残るのかもしれない。

『異形の者』
かなり好み。筋書きで説明しても、この短篇の魅力は半分も伝わらないだろう。若き修行僧たちの悶々とした青臭い性が描かれる障子のくだりは秀逸。

『海肌の匂い』
閉鎖的で穏やかな村では、目立った行動は命取りになる。ひょんなことで社会の枠組みから滑り落ちてしまう恐怖。

『ひかりごけ』
武田自身の旅行記と思われる文章と、「上演不可能」と銘打たれた戯曲の2部構成。実際の食人事件を基にした作品だが、多分に考察する余地がある。個人的には、食人そのものよりも、人々が食人という行為に抱く興味の方が恐ろしいと思う。

難解な武田泰淳作品だが、川西政明と佐々木基一両名の解説を読むことで、多少なりともその真髄を感じ取ることはできるような気がした。自身も僧侶の資格を有していたという武田独自の世界観を垣間見るのは興味深い。

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