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「劇場版仮面ライダージオウ Over Quartzer」を観て俺たちの平成って醜くても良いと気づいたおはなし

平成35年12月15日更新分

僕は平成以降のライダー作品をよくみる人間でして(「ガッチャード」面白いよね)、
特に「龍騎」「555」「ジオウ」が特に好きでこの3作はもうどれが一番だとかは優劣がつけられない。
そういう人間だから今回の#ひとりアドベントカレンダー のなかで一つくらいはライダー作品について触れときたいなと思い今回はこの作品にした。

「ジオウ」が好きなのはもちろん「平成仮面ライダー」全体としての話なのもあるけれど、何よりこの「OverQuartzer」という物語が「名作」でも「駄作」でもない独自な立ち位置にいる作品だからだ。

人には一つくらい「みんなは駄作呼ばわりするけれど自分にとっては名作」だと感じる作品があると思ってて自分にとってのそれが「OverQuartzer」なのだけれど、他と違うのは他人が「この作品はクソ」とdisってても「わかる」と納得してしまうところ。
「名作」と「駄作」という評価を両方してしまうようなカオスな作品。
それがこの「OverQuartzer」だ。

話の内容はクリスペプラーを助けるために1575年へタイムスリップする長篠の戦いパートと、物語のボスであるISSAが登場するクォーツァーのパートの2部構成となっている。

前半の長篠の戦いはなんかやけにチャラい織田信長や騎馬戦で戦う長篠の戦いなど終始auのCMみたいなノリが続き、「この部分の話いるのか??」と思う話がずっと続く。

そして物語中盤、全ての平成ライダーの力を手にいれ王様になる資格を得たソウゴの前にISSA率いる歴史の管理者クォーツァーが現れる。
曰く、本来の常盤SOUGOはISSAであり、全ての平成ライダーの力を集めるためにソウゴはその代役として今まで利用されていたこと。
そしてその目的は平成の世を一度リセットし、「仮面ライダージオウ」という一個の美しい物語を新たに紡ぐことで「平成ライダー」という歴史を綺麗に舗装し直すというものだ。

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一体何をいってるかわからないと思うが、ともかく彼らは「平成」だけを一度やり直したいそうだ。

そのために平成生まれのものだけを吸い出す通称「平成掃除機」なるもので
街をめちゃくちゃにする。なんだそれは

そしてそんなISSAに敗れたソウゴは
誰かの筋書き通りの存在ではない「常盤ソウゴ」という一人の人間としてのアイデンティティを確立し、再度ISSAたちクォーツァーに立ち向かう。
前半のパブリックイメージと違う織田信長という前振りがあることで「誰かの歴史で語られたものと本来の存在は決して同じではない」という話が展開され、謎の戦国時代パートがここで活きてくる。
トンチキなのに妙に脚本が巧みだ。
そしてそのきっかけを作る存在が「仮面ノリダー」というパロディを演じた木梨憲武なのが面白く、紛い物の存在が本物の仮面ライダーを鼓舞する構図で話の文脈としてはとてもアツいのだけれど
でもなんか絵面がおかしいよ


しかしそれでも
ISSAには「平成ライダーに意味などないからな」とまるで歯が立たない。
(じゃあなんでそんな平成に執着してんだよ)


それでも戦い続けその果てに自分の未来の姿でありバッドエンドの存在である「オーマジオウ」の力を継承し、
「平成ライダー」の全ての歴史と「自分の未来」までをも受け継いだソウゴがついにISSAを圧倒する。
今までテレビで放送されたライダーだけでなく、舞台で登場したライダー、漫画版ライダー、果てにはバラエティの企画で生まれた「仮面ライダーG」まで暴れさせて文字通りやり放題する。


そして「平成ライダー」の歴史はテレビ作品だけでなく他媒体でも広く展開され、もはや一つにまとめられるものではないという「平成ライダーの総決算」を謳う作品にあるまじき主張を展開してみせる。
もうめちゃくちゃだよ...

最後に「お前たちの平成って醜くないか?」という問いに
「瞬間瞬間を必死に生きているからだ」と返し
それぞれのタイトルを背負ったライダーたちが
自分たちの歩んだ足跡そのものが「平成」なのだというメッセージと共にライダーキックでトドメをさす。

とても熱いシーンなんだけれど
なんでこんな絵面がトンチキなんだ()

一体何食ったらこんなシーン撮ろうと思うんだ...???

そして最後生き残りのクォーツァーに
「今やり直せばもっと美しい人生が待ってるはずだ」「後悔するぞ」と言われるのだが
それに対してソウゴは「人生は美しくないのが普通だ」と返し彼らを改心させることで幕を閉じる。

総じて、行き当たりばったりで側から見たら無茶苦茶な平成仮面ライダー20年の歴史を「仮面ライダージオウ」常盤ソウゴの姿を通して「瞬瞬必生」とマルっと全て肯定しつつ、
人生もそれと同じで美しくないのが普通だから「瞬瞬必生」に生きるのだというある意味での「人間讃歌」を描いたとてもエネルギッシュな作品だ。
その美しくはないけれどそれでも必死に生きている様というのが本編に映る無限のトンチキ描写でも補強されている。
なんでそういうところまで演出に昇華されてんだよ

またこんな劇物みたいな作品に主題歌の「P.A.R.T.Y-Universe Festival-」がとにかくマッチしてる。
観る前はその妙に明るいダンスソングがライダーの映画に似つかわしくないと違和感を感じるのだが、本編の「人生うまく行くことばかりじゃないけどでもそれで良いじゃないか」という半ば開き直ったような前向きさが、エンディングで流れた時に「この曲しかない」と思わせるほどハマっているのだ。

物語の平成ライダーについて総括し「仮面ライダージオウ」の集大成としても描いた見事な脚本と懲役60分の狂気の映像とのサンドイッチで思わず気が狂う。そんな作品だ。
そんなゴミや空き缶をぶん投げながらスタンディングオベーションを送りたくなるような
不思議な感覚は古今東西探しても「Over Quartzer」でしか決して味わえないので少しでも平成ライダーに触れたことのある人は是非一度観てほしい。

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