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鬼退治・呪術使い・忍者……古来受け継がれ江戸時代に肥大化した和風ダークヒーローの繚乱を、日本美術史の観点から解説

昨今大ヒットしている「ダークファンタジー」と呼ばれる漫画やアニメの多くでは、登場人物たちが特殊な能力=「異能力」を駆使し、運命を切り拓いていきます。日本美術の中でも、妖術使いや魔獣を操る武士など、異能力者の原型とも言える人物が度々描かれてきました。

書籍『異能力者の日本美術 -ダークファンタジーの系譜-』は、主に江戸時代の怪異譚や伝奇小説に登場する「異能力者」に焦点を当て、現代のアニメや漫画の流行に隠された背景を解説する本です。本記事にて掲載内容の一部を紹介します。



雷神図 / 葛飾北斎

弘化4 年(1847) / フリーア美術館蔵

第三章「自然の猛威」では、火、水、風、雷、光など破壊力抜群の天災に因んだ異能力に焦点を当てている。例えば葛飾北斎は、「雷」をあやつる「雷神」を描いた。
雷は、地震・雷・火事と数えられるほど恐れられる天災でありながら、「稲妻」の名が示すように、雨とともに豊作をもたらす恵みでもある。本図の雷神はそのどちらを与えようとしているのか、鼓を打つ桴を振り上げ舞い踊るかのような雷神は、怪しげに微笑んでいるように見える。漫画『ONE PIECE』に登場する「ゴロゴロの実」の能力者、連鼓を負った雷人間のエネルも、愉しげに人々を恐怖に陥れる強敵であった。



北野天神縁起絵巻(甲巻)(部分) 

鎌倉時代・13世紀 / 東京国立博物館蔵 

出典:ColBase

平将門、崇徳院と並ぶ日本三大怨霊、菅原道真(845–903)。道真は平安時代の貴族で、幼少期から文才に優れ、政治家となって右大臣にまで出世したものの、妬みから左遷され、失意のまま九州大宰府で没した。その死の直後、御所に落雷があり、道真を陥れた人物が死亡したことから、道真の怨霊が天神となり御所に雷を落としたという伝説が生まれた。本図は、道真の生涯と、死後北野天満宮に神として祀られるまでの逸話・伝説を描いた絵巻のうち、雷神となった道真が自身に無実の罪を着せた藤原時平に天誅を下そうとする場面。落雷の凄惨な光景は数々の絵画や芝居で伝えられ、この神への畏怖を強めた。漫画『呪術廻戦』(芥見下々作、2018年~)に登場する乙骨憂太は、道真の血を引くことからとりわけ高い呪力を持つとされる(0巻より)。



『北雪美談時代加賀見(ほくせつびだんじだいかがみ)』八編 / 為永春水 著、歌川国貞 画

安政4 年(1857)刊 / 国文学研究資料館

第四章「獣たちの協奏」では、羅漢や仙人、妖術使いたちの相棒となった、神獣や猛獣、幼獣たちを紹介している。
蝶の妖術を操る藤浪由縁之丞を主役にした物語『北雪美談時代加賀見』は、滅亡した武家の孤児が妖術を得て復讐を目論むという、幕末の妖術使いの物語ではお馴染みの設定に、男子でありながら女として育てられ蝶を操るという独自の設定を付加して人気を得た。博物図譜などを下敷きにしたのであろう正確な観察に基づき、腹部や翅、振り撒く鱗粉までをも生々しくあらわしつつ、口や脚や触覚を不気味に変形させて、巨大な蝶のモンスターを造形している。「ゴジラ」でお馴染みの東宝が製作した怪獣映画『モスラ』(本多猪四郎監督、1961年)の恐怖を彷彿とさせる。



『児雷也豪傑譚(じらいやごうけつものがたり)』七編 /美図垣笑顔 著、歌川豊国3代( 初代国貞) 画

弘化4 年(1847)刊 / 麗澤大学図書館蔵

『児雷也豪傑譚(じらいやごうけつものがたり)』三十三編 /柳下亭種員 著、歌川国貞 2 代 画

安政5 年(1858)刊 / 麗澤大学図書館蔵

『児雷也豪傑譚』は、仙素道人から蝦蟇の術を伝授された児雷也が、滅亡した一族の再興を図るという物語。妖術で出現させた巨大な蝦蟇が屋根を崩したり—— これは歌舞伎でも大がかりな舞台装置で演出され観客を熱狂させた—— 、蝦蟇が吐く虹に乗って逃げたりと、巧みに術を使いこなす児雷也。その宿敵は大蛇の執念を宿す大蛇丸。蛞蝓の妖術使い綱手でを妻としながら、三すくみ—— 蛇は蛞蝓をおそれ、蛞蝓は蝦蟇をおそれ、蝦蟇は蛇をおそれる—— の対決や協力を展開する。複雑怪奇な長編小説は大評判となり、シリーズは明治に至っても刊行され続け、上演も頻繁に行われた。その構想は、漫画『NARUTO-ナルト-』(岸本斉史作、1999–2014 年)をはじめ、近現代に数多くつくられた忍者の物語の下敷きとなった。



高祖御一代略図「相州竜之口御難(そうしゅうたつのくちごなん)」/歌川国芳

天保6–7 年(1835–1836)頃 /オランダ国立民族学博物館蔵

第五章「異能力 百花繚乱」では、飛行、分身、呪詛、魅惑など、自らの欲望を遂行するために繰り出される多彩な異能力に焦点を当てる。例えば歌川国芳は、祈雨や法力など、日蓮宗を開いた鎌倉時代の僧・日蓮の事績を描いた10 枚の連作を手がけた。本図では、捕らわれの身となった日蓮が刑場に座らされて首を刎ねられようとした瞬間、振りかざされた太刀に空からの光が直撃し、日蓮は一命をとりとめる奇跡の瞬間を描く。漫画『ONEPIECE』のルフィも同様に、処刑台で首を刎ねられようとしたところに落雷が直撃し、九死に一生を得る。

辟邪絵 天刑星(へきじゃえ てんけいせい)

平安– 鎌倉時代・12 世紀 / 奈良国立博物館蔵

出典:ColBase

第六章「幻想の戦闘」では、鬼退治、龍退治、妖術対決、大乱戦といった、現代のダークファンタジーにも色濃く受け継がれる「バトルもの」の元祖イメージを紹介している。
「辟邪絵」とは、人間を不幸にする悪神を退治する善い神々を紹介する絵巻。天刑星は、疫病をもたらす牛頭天王を掴んで、むしゃむしゃと食べている。左下には味付け用のソース皿のようなものがあり、そこにも悪神を突っ込んでいる。人々に恐れられた牛頭天王が手も足も出ない様を描く本図は、見る者に安堵を与えたのだろうか。あまりにも惨たらしい退治の様子は、悪神たちが気の毒になるほどである。漫画『進撃の巨人』(諫山創作、2009 –2021年)で人類を絶望に陥れる巨人を思い起こさずにはいられない。



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著者:春木晶子
1986年北海道生まれ。北海道博物館勤務後、2017年より江戸東京博物館学芸員。日本美術史専門。

翻訳:鮫島圭代

コンテンツ:

第一章 異能力者の系譜
羅漢、仙人、妖術師、日本神話の神々たち― 異能力者たちの競演 / 饗宴

第二章 驚異の人体
変幻自在、規格外の運動― 人と人ならざるものの間(はざま)

第三章 自然の猛威
火、水、風、雷、光― 天災的な破壊力

第四章 獣たちの協奏
猛獣、幻獣、神獣、妖獣― 恐ろしくも心強い相棒たち

第五章 異能力 百花繚乱
飛行、分身、呪詛、魅惑― 欲望の体現者たち

第六章 幻想の戦闘
鬼退治、龍退治、妖術対決、大乱戦― ほとばしる生命と想像力

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