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真鍋博 本の本 公開座談会 <後編>

【真鍋博が手がけた雑誌・業界誌の魅力】


松村:
雑誌・業界誌についても、真鍋博はかなりの数をが手がけていて、やはり雑誌や業界誌の仕事を抜きにして語れないということで、『真鍋博 本の本』にも章を設けました。

早川書房の「ミステリマガジン」が代表作になり、観音ページで1966~72年頃の仕事が一覧できるようレイアウトしました。67、68年あたりは写真表現が中心です。69年はシリアスというかダークなトーンが中心になり、70年は1枚写真で勝負!と、違うワールドになり、71年はオブジェを作ってそれを撮影して、72年はすべてイラストレーションで表現するという、年度ごとに大きくスタイルを変えていくのが「ミステリマガジン」の特徴になります。

五味:
雑誌は業界紙も含めて1年単位でテイストを変えていくことが多く、本当におもしろいですよね。たとえば1967年の1月だと弓矢とか持っているけど、もともと確かハンガーの写真なんですよね。色をつけて、弓矢に見立てていたりして本当にユニークです。1970年代はたしか五味太郎さんの写真をもとに描いていたりしますし、いろいろなことをこの雑誌で挑んでいて、面白いと思いますね。

川名:
写真は事務所で撮られていたんですかね?

麗子:
別の所で撮ってもらっていました。

五味:
表紙の言葉という形でコンセプトを書いていました。

川名:
ビジュアルについての解説を書かれていたんですね。

五味:
そうです。他の雑誌でも表紙に対してエッセイを書いている時があるので、書籍とは違う楽しみ方もあったのでしょう。

真:
そういう時には、「絵と文」と入れてくださった。

川名:
昔の雑誌にはビジュアルを担当した方の意図や解説、短いエッセイを一緒に載せることがよくありましたね。

松村:
川名さんも『群像』でコーナーをお持ちですよね。

川名:
『群像』は2023年で4年目です。真鍋さんの60年代後半から70年代半ば位までって、多分一番忙しい時じゃないですか。雑誌は大変ですよ。

松村:
月刊ですもんね。

川名:
物量的にすごく大変だったはずです。そこで、写真を試されたりとか……これだけのひきだしと手数をやっているのは、気が遠くなる感じはありますね。

五味:
『群像』は年間で計画するんですか。それとも1冊1冊って感じですか?

川名:
『群像』はいきあたりばったりです。実は全く計画性がないですね。その時その時で考えています。だから、リニューアルするのかしないのか、今の所あやふやです。「1年でカラーを揃える」というのはちゃんと考えている。真鍋博さんのいろいろな逸話を読むと、「締め切りを必ず守った」と書かれています。これだけの物量をやっていてとんでもない話ですよね。

五味:
多くの編集者の方に聞いても、締切に間に合わなかった事は無かったようです。

川名:
それを読んでちょっとへこみました。

松村:
どうしても遅れてしまう仕事ってありますよね。特に川名さんくらいの仕事量になると毎日が締め切りみたいな世界にいると思うので。真鍋家では何かエピソードありますか?

麗子:
「ミステリマガジン」の仕事は特に楽しかったようです。

松村:
楽しまれている雰囲気も感じられます。

麗子:
早川書房には後に作家になった編集者が何人もいらっしゃり、皆さん才能のある方ばかりで、ちょこちょこっと面白いことを教えてくださったり、ヒントをくださったり。都筑道夫さんには特にいろいろなことを教えていただきました。

松村:
そうした編集者とのコミュニケーションの中からうまれた表紙でもあるのですね。

川名:
「ミステリマガジン」は特集主義でやっていたのかな。その号その号に、あてはめた特集をビジュアライズしているってわけでもなさそうな感じですよね。

松村:
特集とはリンクしてなかったようですよね。

川名:
「ミステリーとはなにか」というお題を自分に出して、その大喜利に答え続けるという大変な作業です。

松村:
次は『愛媛新聞アド・ニュース』という愛媛新聞社の機関誌です。

五味:
これは愛媛とゆかりのあるモチーフを毎号描いていて、松山城の号は表紙と裏表紙がつながっています。いいデザインですし、色もきれいに出ていてすごいなあと思うんですが、ほとんど残ってないんじゃないかな。「残らない」という現実があるけど、かなり力を注いでいたと思います。

川名:
季刊で発行されていたのかな。

松村:
季節感があるモチーフも多いですね。

川名:
季節感を出してほしいというリクエストは、新聞媒体ではよくありますよね。きちんとオーダーをこなしている感じも伝わってきます。

麗子:
松山城の号は自分でも気に入っていました。「普通の松山城とはちがうでしょ」ということで。

松村:
次は日本科学技術連盟の『ENGINEERS』という機関紙です。

川名:
かなり長いですよね。

五味:
『ENGINEERS』はほとんど知られていない仕事だと思うんですけど、タイトルの書体もかなり自由に真鍋博が変えていっています。真鍋博の仕事を代表するものだと思います。

川名:
毎年「別の雑誌」くらいに違いますもんね。

五味:
自由度はあったのでしょう。ここまで年度ごとに作風を変えることは、実力がないとできません。

松村:
『ENGINEERS』でも「イラストレーター真鍋博VSデザイナー真鍋博」を感じました。VSでもあり共闘みたいな側面もあるのですが、その年に描きたいイラストレーションに一番似合うロゴをデザインされてる印象が強い。一番わかりやすいのは1973年度です。黒々としたイラストの表現をやりたい時に、一番合うロゴをこの年専用に書き起こしている(あるいは書体を選んでいる)。この表現のためのタイトルロゴだと思うんです。

真:
『ENGINEERS』は、すべて自由にさせていただいたシリーズです。

松村:
長年の信頼関係もあったと思いますが、こんな媒体みたことないという位自由ですよね。ライフワークというか、『ENGINEERS』のコーナー見るだけでも真鍋博の作風の変化も分かるし、幅の広さやひきだしの多さ等、いろいろなことが読み取れる媒体になっています。

川名:
1978年あたり、きっと当時の流行であるグラデーションを多用している。流行をまともに取り入れているというか、これだけオリジナリティがあるのに貪欲に外から取り入れている感じがすごくあって、器用さを感じます。

五味:
たとえば書籍の装幀を依頼された時にタイトルの書体を決める場合、どちらから先に決めるものなんですか?デザインから決めるのか、タイトルから決めるのか。

川名:
デザインからですね。ビジュアルが先にあって、その延長とか、カウンターとしてぶつける場合もあるし、合わせる合わせない両方の観点から、後からロゴを考えるほうが多いです。真鍋さんはわかんないですね。多分ビジュアルじゃないかとは思いますけど。ご自分で絵も描いてデザインもやってロゴもやってという形ならではの、バリエーションのつけかたは見てとれるので。やはり、毎年スタイルを変えるのは、すごいです。おそろしいです。

松村:
川名さんは、ご自身でイラストを添えたりされますか?

川名:
既存のものに少し手を入れることはやります。自分では描かないです。100年以上前の絵画なりにちょっと手を加えて今の装幀に使うことはよくやります。

松村:
著作権的に問題がないものということですね。真鍋博も分かりやすいところでいうとアガサ・クリスティーの装幀のなかでは多用していますよね。

川名:
そうですよね。コラージュの癖のようななものが真鍋さんにもあって。たとえばひとつの物体があったとして車なら車に、なにがくっついていたら面白いかって考えるときに、「おもしろ」を狙っているものが多いんですよ。覚えているのでは、トンボの胴体に、アールヌーボー調の飾りが羽根としてくっついている。羽根を別のものに見立ててくっつけるコラージュの仕方がいちいち面白くって、その感じはとても参考にしているというか、言ってしまえば、パクっていますね。ちょっとだけ笑いにふるコラージュ。これですね。これは蝶々ですけど。

松村:
レースの素材を蝶々にみたてて、美しくデザインしている。こういった手法は川名さんも…

川名:
パクっています(笑)


【私のお気に入りの真鍋博 装幀・装画・デザイン】


松村:
最後に『私のお気に入りの真鍋博 装幀・装画・デザイン』を発表していただきます。まずは、『未来学の提唱』という本は、真鍋真先生のお気に入りの本です。

真:
これは絵・デザインとしてすごく好きな作品なんですけど、同時に、添えられたイラストレーターの言葉として、「未来は占うものじゃなくて皆で作っていくものだ」と書かれているんですね。それがすごく好きで、この作品をあげました。

川名:
コラージュとしてはとても複雑なことをやっていますよね。翼部分を地球の表面に見立てた形。

真:
そうですね。どこまでが地球なのか生き物なのかは真鍋博本人に聞く機会はありませんでしたが、天気図のようなものに人間が寄って行ったりしていて、それを地球や生き物の総体として精査しているところから、現在から近未来を予測し、次はどういう行動をとるのか、という投げかけの書籍なんです。そういったところが非常にうまくできていると思います。

川名:
生命体としての地球をテーマに、それと人間の関わり方を表している。絵で答える大喜利が強い。

松村:
一番下のベースに写真を用いるなんて、なかなかできないですよね。写真だから質感が違ってぐっと面白さが増している。

五味:
萩原進の『上州おんな風土記』。群馬の逸話に真鍋のイラストが入っています。この1960年頃の少しコミカライズなテイストが本当に好きで選びました。内容はともかくイラストは面白いなと思います。

松村:
60年代は一貫してこのようにキャラクター化して描かれていましたもんね。先ほどのキャラクター一覧でもこの表情に近い人がいました。

川名:
初期の描き方。

五味:
飛鳥高という方の推理小説『犯罪の場』。原画が残っていないので知らなかったんですが、カバーに穴を開けて、その下の表紙が見えるしかけを含めてすごくいいデザインだと思います。

松村:
真鍋博は穴開けを多用されていましたよね。あまりこの時代の書籍で穴が開いているケースを見たことがなかったので驚きました。

川名:
穴はあるかもしれないですけど、きちんとこういう、「芸」として使っているケースはあまりない気がします。カバーを外すと状況がわかる。楽しませる目的での穴というのはさすがだなと思いました。

五味:
どうやって切るんですか?

松村:
今だと抜型ってよばれる版を作って、ガッチャンコと切りますが、当時もそうやっていたのか……。

川名:
たとえば正方形や正円の場合、いくつかストックの型があるはずなんですが、こんな台形の型はないから、きちんとオーダーメイドしているでしょう。

松村:
そうですね。この仕事専用の刃を作ったということですね。あと「の」と「場」の文字を回転させています。これもこの時代の装幀では見たことないなと感じていました。

川名:
きちんとした違和感やひっかかりを作りたい時にやりますが、著者によっては、「あまりそんなことしてくれるなよ」という方もいらっしゃるので、関係者全員が同じ方向を向いたときにしかできないような手法ではあります。

松村:
この本だから実現できている、推理小説だからできている表現がぎゅっとつまった1冊になっていますよね。

川名:
かっこいいこれ。

五味:
これは単純に見つけたときにすごくかわいいなと思いました。真鍋博も子どもたちが少しでも勉強しやすい、手に取りやすい形で描いたと言っています。本当にその思いが伝わってくる。すごく、かわいらしい。

川名:
かわいいですね。

五味:
若いころ、60年代位のデザインだと思います。

川名:
TPOとしてしっかりしていますよね。デザイナーのとるべきTPOが子ども向けのものなり、ミステリーにはミステリーの顔というそれを同じ線の描き方でこなしているのがすごいと思います。

松村:
川名さんのお気に入りは、1960年版の「ユリイカ」です。

川名:
雑誌の仕事はこれから始まるんですかね?

真:
その通りです。

川名:
ただただかっこいいという、もう大好きなんで選びました。この大胆な色面の使い方がとても気持ち良い。ほかの本と違って「ユリイカ」は詩の雑誌じゃないですか。装幀するときって、作品のテーマと同じ位の回路でビジュアルの表現を落とし込もうと考えるんですよ。つまりSFだったらSFのテーマがあって、それをSFという回路を通してテキストでテーマを表す。同じように真鍋さんのイラストを起こす回路は、いろいろなSF的モチーフを使って落としこんでいる。SFの文章の手数とデザイン・イラストの手数がなんとなく近いんですよ。詩は、書きたいテーマに対してその文章がどれだけ近づくかというと、けっこう離れていたり漠然としていたりします。「テーマと詩の書かれ方の距離感」があったとして、詩の雑誌というテーマに対して真鍋さんの「デザインの距離の取り方や、手数の少なさ」が、ちょうど詩という表現方法と同じだけの長さを取っているのではないかと。それらしい分析をしてみました。

松村:
ありがとうございます。たしかに意味深な余白にもそのあたりが含まれていそうです。帯みたいに見えていますが、実際は一体化されていてそれぞれが特色印刷されています。

川名:
本文の中のカットも全部、真鍋さん描かれているんですよね。はじめにカットの依頼があってから外周りをやりはじめたのかなという気もしていて。

松村:
確かそんな流れです。

五味:
全部特色なんですか?

川名:
特色だと思います。

松村:
僕は2冊あって、1冊目は1960年の『鉄道公安官』という本。グラフィックデザイナー真鍋博の仕事が色濃い作品です。この一面のブルーのなかに白いラインを真ん中に通しつつ、イラストがとても小さく描かれているんですよね。本体表紙(左)のほうは汽車や信号機等わかりやすい動く鉄道モチーフが描かれていますが、函(右)の方には鉄道シーンの静的なサブキャラしか描かれていません。わかりにくいモチーフだけを表出させている。あと、この白いバッテンや、妙な矢印等いろいろチャームポイントがあります。

もう一冊は、主婦と生活社から出ていた『自動車じどうしゃ』という絵本です。真鍋博といえば『自転車賛歌』という創造絵本が1973年に出ていますが、その前の1971年に自動車をテーマにしたこの絵本が作られていて、時代のターニングポイントのようなものを感じました。エコロジーとしての『自転車賛歌』に対して、『自動車じどうしゃ』はモータリゼーション賛歌だったのかなと。ものすごく丁寧に、世界の自動車や、あらゆるジャンルの車が描かれていて、工事現場や軍用車、カーレースのシーンもあったり子どもが楽しめる内容になっています。『自転車賛歌』との対比としても面白いのですが、どこの本自体がすごくかわいらしい。

五味:
色もすごくきれいに出ていますよね。

松村:
はい。是非復刊してほしいなと思っている1冊です。最後に『真鍋博 本の本』についてコメントをお願いします。

真:
それぞれの時代、それが小説であったり本であったり雑誌であったり、絵やイラストだけじゃなくて、ストーリーや自分の経験、その時の自分を投影させるようなきっかけがあって、そういう繋がりで過去の真鍋博の作品が今の皆さんに繋がっているんじゃないかなと思います。こうして皆さんにいろいろなところで思い出していただいたり、繋がっていただけたりするのを本当に嬉しく思っています。真鍋博に限らないんですけど、これからの未来に向かっていろいろな人と本という媒体を使って繋がっていけたらいいなあと思います。

川名:
座談会のきっかけの『真鍋博 本の本』はみればわかる通り分厚いんですよ。ものすごい膨大なブックデザインが載っている、後世の同業者としてはとても危険な本になっていて。パラパラっとみて今日思い出して明日使えるものの宝庫なんですよ。皆さんにおすすめです。

五味:
真さんもお話になっていたように真鍋博という一人を軸に多くの方と話ができたり編集者の方にもたくさん話が聞けたりして本当によかったと思います。最終的にいろいろなきっかけになる本になれば一番嬉しいなと思っています。

川名:
関わった人たちの証言がとても面白かったです。新潮社装幀室の方の話とかすごく勉強になりました。そうやって作っていたんだと。

五味:
川名さんは気になる本でいろいろ迷ったそうですが、「ユリイカ」と何で迷われたんですか。

川名:
新田次郎の『沼』という作品。横軸で沼の風景を表しながら、「沼」のタイトル部分は縦に長い。横メインにしてそこに縦軸の力学を持ってくることで沼の怖さというか深さというものを対比ひとつで表しているのが強いと思いました。力学の持ち込み方のうまさ。これ痺れた。

松村:
『真鍋博 本の本』座談会、真鍋沼にて終了です。ありがとうございました。

<完>



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