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読書感想文『謎の毒親』/姫野カオルコ

タイトルのインパクトが強い。

「謎の〜」といえばわたしの中では勝手な印象であるが少年少女向けの冒険譚である。「謎の島」とか「謎の海賊船」とか。

でもこの本はちょっとタイトルからは内容の想像がつかない。

内容としては、個性の強い両親の元に一人っ子として生まれ育った「わたし」が幼少期から経験してきた「不思議なこと」を、大学時代を過ごした町の書店が発行していた壁新聞の編集者たちに投稿という形で相談するという話である。

読み始めてすぐにわたしはすっかり騙された。

1通目の投稿では小学校時代の不思議なことが相談された。「わたし」の下足箱の名前シールがはがされ、新しいものになり、それと時期を同じくして木琴ケースや体操着袋の名札までもが新しいものに変わってしまったという話だ。なぜわたしだけ。誰が。何の目的で?

そこでわたしは、この本はよくある「日常の謎」系ミステリー小説なのかと思ったのだ。

しかしそれに対する書店側の返信は決して「解決編」ではなかった。あくまでも壁新聞編集者の、おそらく年配の夫婦のそれぞれの想像と見解が思いやりとともに優しく語られたに過ぎず、あまりにも常識的で平凡な回答に感じられた。

はじめの話題に戻るが、「謎の〜」ではじまる冒険譚では謎は必ず解かれ、読者はカタルシスを得られることになっている。日常の謎ミステリーも同様の爽快感がウリである。

そういった意味ではこの話はカタルシスのなさがやけにリアルだ。謎を抱えたまま不安定な場所に置いておかれる居心地の悪さがある。

名札の謎はまさに序章に過ぎず、そこから主人公「わたし」は次々と不思議な体験を相談してくるのだ。不思議というより気味が悪かったりギョッとするような家庭事情が淡々と語られていく。

書店側はこれぞ年配の常識人、というような思いやりある回答を続ける。時にはツテをたどって「不思議なこと」の起こった当時の関係者にあたり、返答を得てくれる。

さらには文通外で会って食事をしたり、家に招いたりと交流を持ち、不幸な生い立ちの女性(主人公)に親切にする。

そうして「君の親はいわゆる毒親だよ。もうそれについて深く考えなさるな。私たちを親だと思ってやり直しましょう。」とばかりに自分たちを差し出して事態を解決しようとするのだが、「わたし」の方が一線を引いて距離を保とうとする様子が見られて話は終わるのである。

ある日突然他人の家の、奇妙で謎だらけの家庭事情を目の当たりにしてしまったら、私たちはどうするか。

その店主たちのように自己犠牲を払ってでも、事態を丸く納めようとする人もいる。それがなにより自分自身の不安の解消になるからだと思う。人は不安定な場所には居続けられない。

でもそんな関係は長く続かないと思った。大丈夫かな、店主。と心配になるリアルさ。このようにリアルなのには、この本を製作する過程での裏話が関係しているらしい。

奇妙で、謎だらけで、謎が謎のまま決して解決されない、不思議な奥行きと魅力のある本だった。

#読書感想文 #姫野カオルコ #謎の毒親







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