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プラスチックより針金がいい ~カラスの作り編~

カラスは、春先に巣作りをはじめる。ある年、とあるつがいが、駅前の桜の木に営巣した。「ここならわざわざ花見に行かなくたって桜が楽しめるし、何より情操教育にいいのよ」なんて、メスにいいくるめられでもしたのだろう。

その巣をよく観察すると、針金ハンガーが使われていた。今やこのハンガーを使うクリーニング店は減りつつあるが、洗濯物を干すのに針金ハンガーを使っている人は、近所の物干しを見る限り、少なくないようだ。
何を隠そう(別に隠していないが)、我が家も針金ハンガーを使っている。タオルを干すのにちょうどいいのだ。

一方、カラスにとって針金ハンガーは、頑丈な巣を作るために欠かせない“建築資材”だ。人が木造の家を鉄筋コンクリートにしてきたように、カラスもまた、針金を巣の基礎にして、雨風に耐え得る頑丈な巣を作るようになっている。

今や針金ハンガー製の巣は、都会のカラス界の常識だ。中には、50本もの針金ハンガーを使って巣を作るものもいる。
そのカラスは、人間のベランダから多数の針金ハンガーを失敬するほど勇敢で、それらを運び、重量鳶のごとく組み立てをやってのける体力と智慧を兼ね備えた、カラスの中のカラス。50本もの針金ハンガーを基礎にした巣は、エリートの象徴であり、ステイタスとも言えるだろう。

我が家の針金ハンガーも、いくつか失敬されているかもしれないな、と思っていたある日のこと。洗濯物を干していると、見慣れない黄緑のプラスチックハンガーが紛れ込んでいることに気が付いた。主人に聞いても、見憶えがないと首を振る。そして、言った。

「カラスが、針金ハンガーと交換に置いて行ったんじゃないか」

カラスは人間から物を失敬することもあるが、恩はいつまでも覚えており、人間の顔も忘れない。餌をくれた少女に毎日、ボタンやパール、動物の骨といった贈り物をしたカラスもいる。カラスという生き物は、ことほど左様に義理堅い。

うちも、庭に殻付きピーナッツを置いていると、いつの間にかなくなっていることがある。ヒヨドリには突いて割る力はないだろうし、シジュウカラには大きすぎる。ヤマガラの姿はまだ見ていない。そう考えると、我が家にたまに立ち寄るカラスが、おやつに食べたとしか思えない。カラスは、ピーナッツをもらった上に、針金ハンガーまで失敬するのは気が引けたのだろう。

「あのう……、珍しい黄緑のハンガー、よかったら使ってください……」

そう言って、プラスチックハンガーを、シレッと物干し竿にかける姿が目に浮かぶ。
今度会ったら、殻付きピーナッツで礼をつくしてもてなしたい。


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