最終話 | 運命の赤い糸⑩
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亜伽里さんの話に、私は息をのんだ。信吾も亜伽里さんも幼かった頃、自宅が家事で燃えたらしい。その火事で、ご両親は亡くなり、信吾くんと亜伽里さんの二人は、母方のおじ夫婦に引き取られることになった。しかし、血の繋がりのないおばに、二人は振り回された。
おばは、なぜか信吾のことを殊更嫌っていたという。信吾くんは虐待を受けていた。背中の大火傷は、癇癪を起こしたおばが、信吾くんの背中に沸騰したお湯をぶっかけたときに出来たものだ。
亜伽里さんは、信吾くんを守るために必死だった。幼い亜伽里さんに出来たのは、せめて信吾くんだけでも、別の場所で幸せに暮らすことを願うことだった。亜伽里さんはそのまま、おじ夫婦の元にとどまり、信吾くんは施設に出されたという。
それから、二人は別々の人生を歩み始めた。しばらく出会うこともなかった。しかし、運命というものからは、誰も逃れられないようだ。
時が流れたある日のこと。町で殴り合いの喧嘩をしていた信吾くんを偶然目撃して、仲裁したのが亜伽里さんだった。
幼い頃に別れて、容貌の変わっていた二人は、互いに姉弟だとは知らずに付き合い始めた。だが、ある時、信吾くんの背中を見た亜伽里さんは、信吾くんが実の弟であることに気がついた。
「信吾は、私のせいで施設に預けられたと思っていたんです。だから、心を閉ざしていた。荒れた生活をしていた。でも、いやいやとはいえ、通い始めた高校に入って、優奈さんと出会って、少しずつ心を開き始めたんです」
亜伽里さんの言葉に、私は複雑な気持ちになった。信吾くんへの同情と恋愛感情。そのはざまで、心が揺れた。
「信吾くん…どうして私に隠していたの?」
私の問いかけに、信吾くんは静かに答えた。
「優奈には、ずっと笑顔でいて欲しかった。オレの暗い過去の影を、優奈に見せたくはなかったんだ。でも、優奈と一緒なら、きっと乗り越えられる気がした」
私は、信吾くんの優しい言葉を聞いて、熱い涙ががこみ上げてきた。
「信吾くん、私もあなたのことを信じてる。信吾くんのことが好きな気持ちは、誰にも負けない自信がある。一緒に乗り越えていこうね。もちろん、亜伽里さんも一緒よ」
信吾くんの目にも、亜伽里さんの目にも、涙があふれた。
私たち三人は、抱き合った。過去の傷跡は消えないかもしれない。しかし、過去は過去だ。私たちは互いに、支え合って、新たな未来を切り開いていこうと決心した。
「優奈さん、本当にありがとう。とても感謝しています」
亜伽里さんは、信吾くんと私を見送ってくれた。
『コネクター』から外に出た。夕日が沈みかけていた。茜色の空の下、三人の影が長く伸びていった。路地裏に差し込む光線は、真っ赤に染まった糸のようだった。もし、運命の赤い糸があるならば、それはきっと、この交錯する夕陽の赤い光線に違いない。
~『運命の赤い糸』(完)~
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