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小説を書くのは辞めようかな⑦(最終話)



前話はこちら(↓)


小説を書くのは辞めようかな⑦
(最終話)


「やっぱり神宮寺と会って正解だったな」と思った。

 ホストを主人公にした小説が書けるかどうかはわからない。私が次に書く小説にホストを登場させるかどうかも決めているわけではない。

 何よりも今回神宮寺と話して良かったなと思うことは、神宮寺のおかれている環境を多少なりとも理解できたことだ。それが大きい。

 今まで彼とたくさん会話してきたが、インタビューするような気持ちで接したことはなかった。これまで、二人の会話はお互いの持論を述べるだけで、お互いの考え方を受け止めるということが十分でなかったのかもしれない。しかし、今回彼とは、会話というより、初めて「対話」することができたかな、と思えた。

 なんというか、取材のような気持ちで神宮寺と話していたのだが、話しているうちに彼に感情移入している私がいた。

 今の気持ちをうまく言い表すことはできないない。感情移入とは言っても、私というか作家・三葉亭八起の経験や感情を神宮寺凌に重ね合わせたわけではなかった。

 今回神宮寺と話して共感したのは(いや、共感という共鳴と言ったほうが適切かもしれないが) 、お互いの本質や生き方について一緒に考えられる相手であるということである。

 彼が次に描く作品は、きっと今までにない純文学になるに相違ない。そして、私の文学も彼に影響を受けながら、変わっていくのだろう。


 それから、数回彼と会い、対話を楽しんだが、ある時期から再び会うことがなくなった。

 以前のようにケンカしたわけではなく、お互いに話を重ねているうちに、神宮寺は神宮寺の、私は私の書くべき構想が固まってきたからだ。

 神宮寺が私と同じ方向に新たな活路を見つけたのかどうか、詳細は聞かなかったが、以前のお互いが目指した純文学へ回帰しているような印象をもった。ただ、それは以前より円熟しているように思えた。

 私は私で、神宮寺と対話を重ねたことで、次回作の構想が膨らんできた。創作ノートはすでに10冊を超えた。今まで三葉亭八起が書いた作品の中で、群を抜いて長い作品になることは確実だった。


 お互いに自分の創作に専念したせいで、気がつけば彼と再会してから一年が過ぎようとしていた。
 私は構想がかたまり、新作を書き進めていた。相変わらず牛丼屋で働きながら。

 22:00過ぎ、客からニュースを見たいと言われて、店内のチャンネルを変えた。

「今年の本屋大賞は、神宮寺凌さんの『ペトリコールの共鳴』に決定しました」

 私はその一報に驚くことができないほど驚いた。久しぶりに見る神宮寺凌がテレビの画面越しとは!!
 やっとあいつの花も咲いたのか!


 神宮寺の本屋大賞受賞からひとしきりの時が過ぎた頃、私は彼と再会した。神宮寺から「家に来ないか?」と誘われた。

「店からドンペリをプレゼントされてね。誰にも邪魔されないで、三葉亭八起先生と話がしたくてね」

「『先生』ってよせよ!こちらこそ神宮寺凌先生と話ができるなんて光栄ですよ」


 その日23:00に牛丼屋の営業が終わり、清掃を済ませたあと、神宮寺の家に向かった。

「久しぶり!」

 私は牛丼二人前を神宮寺に手渡した。

「いっしょに食べたいと思って」

 一瞬神宮寺はポカンとした表情を見せたが、私の意図を汲み取ってくれた。

「あぁ、そういうことね」 


「ドンペリを飲みながら、牛丼を食ってる奴らなんて俺達以外にはいないだろうな」と神宮寺が笑った。「でも、三葉亭さんの気持ち、わかります」

 私たちはバイトしながら、作家をつづけてきた。今すぐに、とはいかないかもしれないが、お互いに作家として食っていけるのではないか?、という気持ちを込めたつもりだった。

「これを食い終わって、このドンペリを飲みほしたら、お互いに専業作家としてやっていけるかもしれませんね」
 神宮寺が呟いた。


 牛丼はすぐに食べ終わったが、ドンペリはまだ残っていた。

「三葉亭さん、遠慮しないで飲みきっちゃってください」

「ははは、こんなにうまいのは初めてだけど、もう飲めないよ」

「ここまで来るのに、お互いに長かったですね」

 神宮寺凌は、いつもクールだった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎた。気がつけば、東の空が明るくなっていた。

「そろそろ帰ろうかな?今日はどうもありがとう」

「いえ、こちらこそ。また、会いましょうね、三葉亭さん」

 ドアを開けると、雨が降ったあとの独特な匂いがした。

「ペトリコールだね」

「・・・のようですね」

「もうお互いに『小説を書くのは辞めようかな』なんて言うことはないよね?」と私は尋ねた。

「今のところはないです。この先、もしそう思うことがあったとしても、俺は三葉亭さんが書き続ける限り、書き続けるだろうと思います」

「いや、君は私がいなくても、書き続けるさ。作家なのだから…」

 きっと私も小説を書くことは辞めないだろうな、と思った。私も作家なのだから…


…おわり



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記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします