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始まりと終わりの物語

 これから私は傑作小説を書くところだ。物語の冒頭は読者をひき付ける最も重要な箇所である。渾身の力で文章を書き上げた。なかなか迫力がある。特に最初の3ページは、我ながら満足のいく書き出しであった。

 冒頭部分は完璧に書けた。自然に執筆が進んでいく。登場人物が勝手に動き出す。私は作者でありながら、コイツら面白いなと思いながら物語が流れるように展開していった。

 あの男にはこんな側面もあったのか、あの女はこんなに哀れな人生を歩むことになったのか、と書き始めた時にはなかった着想が次から次へと浮かんだ。自分で作り上げている作品であるにもかかわらず、自分の手を離れて、登場人物が動いている。私は、その動きを脳裏で見たままに、文字に落とし込んでいくだけであった。

 ようやく、長い「傑作小説」もエンディングに近づいてきた。あとは最終章を書き上げるのみである。
 最終章は、冒頭と同じくらい大切である。読み進めてきた読者の最終的な印象は、最終章で決まると言っても過言ではあるまい。私は思わず武者震いした。緊張感で指が震えている。ここを無事書き終えたならば、この私の物語は不朽の名作になることは間違いない。そう私は確信していた。

 緊張感で手のひらから流れた汗が指先に流れる。大きく深呼吸してからタオルで拭った。機は熟した!!よし、書くぞ!!
 物語中盤のときのように、なかなかスラスラとは書けなかった。1行、いや、1文字を書くことさえも遅々として進まない。最終章は難産であった。

 やった!仕上がった!完璧だ。私は欣喜雀躍した。


 思った通りであった。私の作品は芥川賞の最終候補になった。他のノミネート作品をすべて読んでみたが、私の作品が一番輝いていると思った。芥川賞はすでに私の手中にあるようなものだ。私は決定の日をまだかまだかと指折り数えて待っていた。


 ついにその日はやってきた。私の人生最良の日になることだろう。発表の瞬間を、ホテルの控室で静かに待つことにした。

「第○○回芥川賞は『撃沈!パイパニック号』に決定いたしました。おめでとうございます」

 私は耳を疑った。そんなバカな。『撃沈!パイパニック号』だと。徹頭徹尾、脱力系のエロ小説ではないか!!
 
 私は傷心のまま、静かにホテルをあとにした。


 後日、選考委員の寸評が文学雑誌に掲載された。すべての委員の私の作品に対する意見はほぼ一致していた。

「冒頭の3ページと最終章はいらないのではないか?無駄に難解でpedanticな冒頭と、無理やりくっ付けたような最終章をバッサリと切れば、今回の芥川賞は彼がかっさらっていただろうに。文学は知識をひけらかすためのものではないということを肝に銘じてほしい」

(1112字)



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