見出し画像

バー&ジェラートのお店で飲むカクテルシリーズ①

 海。少なくとも、その妖精たちにとっては。
 彼らの住む惑星は、多種多様の海に満ち溢れている。
 それは、暖かい海、冷たい海、波で荒れ狂った海、などに限らない。

 その妖精は、母船からその海を見下ろす。蒸しかえるような暑さの土地。しかし、その海の区画は冷たく、ほぼ0°に近い気温。水分は少なく、ほとんどが細かい氷の塊で覆いつくされている。
 そして、なんといっても特徴的なのは、海面付近と積層された氷の上部から下部にかけて全面に覆い茂る緑の植物。わずかな水分を頼りに生きながらえる逞しいそのしなやかな植生だけでなく、香りも魅惑的だ。遠くから離れるとあまり香らないが、近づき接触するとその独特で強烈な清涼感が身体中に行きわたる。
 いよいよ吸引だ。母船からは、特殊な細長いトンネル状の建造物が伸び、海に差し込まれる。その妖精は、その管から海の液体を吸い上げ、全身で海水浴に興じる。

「はい、モヒートです。」
 そのホログラムの女性バーテンダーは、いつものように歯切れのよい声で、カクテルクラスを私の目の前に置いた。
 すぐ横には、同じくホログラムの味覚アバターとしての妖精がふわふわと待機している。
 ここは、勤務先の宇宙ステーション内のカフェ。タンブラーに注がれた当店独自開発のフードプリンターによる製造カクテルに手を伸ばし、ストローで一口飲みこむ。
 おいしい。この蒸し暑い夏にはもってこいのカクテルだ。
ここは宇宙なので季節は本来関係ないが、窓の外から見える日本列島はちょうどいま夏の真っ盛りだし、数日前までは「地上」にいた。やはり、宇宙空間が生活圏の一部になった今の時代でも、季節感は重要だ。
 ラムをベースに、ライムジュース、砂糖、炭酸水、クラッシュアイスをステアし、ミントを添えるスタンダードなこのカクテル。しかしこのお店で特徴的なのは、ミントの量の多さだ。砕かれた氷の隙間を縫ってグラス全面に所狭しとミントが生い茂っている。ストローを差し込み吸い上げようとすると、その芳醇な香りが体内に駆け巡るようだ。
 横にいる妖精が楽しそうに「海水浴」に興じている。私の味覚体験を代替表現しているのだ。バーテンダ―にとっても私にとっても、お互いアバターなので顔の表情は分からないが、この味覚体験アバターが代わりにお互いの非言語情報を「語って」くれる。
 私はモヒートを味わいながら、もう次は何にしようかな、と考え始めていた。

 地球上の本店は、「Tigrato」(ティグラート)。
 四谷のバー&ジェラートのお店。

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?