見出し画像

ボーカルMIX大全

こんにちは。音楽家のPIANO FLAVAです。

2019年に起業してから、100組以上のアーティストさんの作品に、トラックメイカー/エンジニアとして関わってきました。

今回は、ボーカルMIXについて、一般的な手法を解説しつつ、秘伝テクニックみたいなものも一緒にお伝えできたらなと思います。


ボーカルMIX概要

そもそもミキシングとは、音楽制作の工程のひとつで、別々にレコーディングされた楽器演奏やボーカル、PC上で制作したメロディー、リズムなどを磨き上げ、ミックスする作業を指します。

インターリーブと呼ばれる一般的なフォーマットだと、マルチのトラックが、ミックス後はひとつのファイルになるため、ミックスダウンやトラックダウンという呼び方もあります。

ボーカルMIXの場合は、オケ(=インスト)は1本のファイルで進めます。

以前は、音楽スタジオの大きなコンソールを使ってミキシングを行うことが多かったようですが、最近はヴァーチャルな環境(DAWおよびプラグイン・エフェクト)で作業することがほとんどだと思います。

ボーカルMIXで使う主なエフェクト

いろんなエフェクトを使うので、わかりやすいように、重要度を星の数で表してみました。

・イコライザー(EQ)☆☆

ある周波数の音量を大きくしたり小さくしたりすることができます。

・コンプレッサー(Compressor)☆☆☆

「コンプレッション=圧縮」の通り、音量差を小さくすることができます。

・リバーブ(Reverb)☆☆

残響を付加することができます。

・ディレイ(Delay)☆☆

山びこのような効果を得ることができます。

・サチュレータ(Saturator)☆

音を飽和させ、歪み(ひずみ)感や倍音を付加します。

・ディエッサー(DeEsser)☆

歯擦音(特にサ行の気になる音)を軽減します。

・エキサイター(Exciter)☆

倍音を強調し、きらびやかなサウンドにします。

・コーラス(Chorus)☆

原音に少しだけタイミングを送らせた音を混ぜてゆらぎ感を出します。

タイプ別コンプレッサーの使い方

個人的に、ミックスではダイナミクスの処理(コンプはもちろんフェーダーやトランジェントなど)が一番大事だと考えています。

というわけで、コンプレッサー5タイプをおさらいしましょう。

・Variable Mu

Variable Muコンプの代表格「Fairchild 670」

Variable Mu管(真空管の一種)をリダクション回路に使用したタイプ。1960年代から使われています。

リダクション回路以外の部分も真空管が使われていることがほとんどで、味のあるサウンドにしたいときによく使います。

・Opto

Optoコンプの代表格「Teletronix LA-2A」

Opto=光学式とは、音声を電流に変換して電球やLEDを光らせて、パネルで検知すると抵抗が働く仕組みです。

音が大きいほどパネルの光量が大きくなり、リダクションも深くなります。

構造上、アタックが遅い(=ぬるっとした)掛かり方をするため、コンプ感はナチュラルです。

・FET

FETコンプの代表格「UREI 1176」

電圧で電流をコントロールするFETと呼ばれるトランジスターが使われています。

上記2つのタイプと比べると、アタックタイム、リリースタイム、レシオをフレキシブルに設定できるため、比較的どの楽器にも合います。

・VCA

VCAコンプの代表格「dbx 160」

アンプの音量を電圧で制御するICチップを使ったタイプ。

アナログコンソールのオートメーションやシンセのVCAセクションと同様に、音声信号から電圧を取り出して、フェーダー操作のように音量を操作しています。

出音がクリーンなため、SSLのバスコンプにもこの方式が採用されています。

・デジタル

DAW「Cubase」付属のコンプレッサー。「LIVE」ボタンがオフだと先読み機能はオン

アナログをエミュレートしていないプラグインコンプはこれです。

オーディオ信号を先読みできるので、アタックタイムをほぼ0にできるのが特徴。マルチバンドコンプもデジタルの恩恵を受けています。

ボーカルMIXでは、いろんな種類のコンプを使いますが、個人的に1176系はあまり使わないかな。

ボーカルMIXの流れ

サビからミキシング始める方も多いとは思うのですが、ストリーミング全盛のいま、イントロが重要だと考えています。

※ノイズ除去やピッチ補正については、必要ならする、という感じです。今回の音源は、レコーディングエンジニアさんがすでにノイズ除去をしてくださっていました。

実際にボーカルMIXしてみよう!

実際にボーカルMIXをしてみましょう!

DAWは、国内でも人気のCubaseを使用します。

使用楽曲

2023/9/1にリリースされたShaLon「スターグース (feat. 葉宮よしの)」を例に、実際にボーカルMIXを進めていきます。

記事化を許諾いただいた、ShaLonさん、葉宮よしのさん、ありがとうございます!

ShaLon -シャロン-
https://twitter.com/MaShuu625

葉宮よしの
https://twitter.com/yoshino_hamiya

ボーカルMIX前後の比較音源

ボーカルMIX前(Before)

ボーカルMIX後(After)

トラックをルーティング

基本的に、ボーカルはモノラルで受け取ると思うのですが、モノラルトラックにステレオのプラグインエフェクトを使うのはどうなの?ということで、受け取ったトラックごとに、ステレオバスをどんどん作っていきます。

作ったステレオバスに、エフェクトをインサートする感じです。

ボーカルはモノになっている
ボーカルをそれぞれステレオバスに送る

インストを調整する

受け取ったインストはたいてい、ミキシングの余地を残してナチュラル気味に作られているので、ローエンドとハイエンドをこちらで持ち上げることが多いです。

楽曲「スターグース」のインストは僕が作ったのですが、同様の調整をしました。

EQで30Hzと10kHzを持ち上げ、テープシミュも使っています

イントロをミキシング

イントロの声の感じを、Aメロ以降とは変化をつけたいので、クリップをコピペしてトラックを分けます。

全体的に、ボーカルはすごく綺麗に録れていました。

一般的な歌モノではローはカットすることが多いですが、今回の楽曲はポエトリー調なので、逆にローを上げています。

VOXBOX(右上)で100Hzを4.5dB、8kを7.5dB上げている。API(左)はプリアンプのみ通す設定

ボーカルMIXではダイナミクスも大事です。

ボリュームオートメーションは必要最低限にして、コンプで音量のデコボコを小さくするのが好みです。

空間系に関しては、送っていただいたラフミックスの、イントロのディレイがかっこよかったので、アイデアをお借りしました。

そのほか、ステレオイメージャーで少しだけステレオ感を出して、リバーブを2種類インサートしています。

OzoneイメージャーはあえてMode1を選択。アーティストさんから「星や夜空のイメージ」と伺っていたので、ディレイにGalaxy Tape Echoを使いました笑

平歌をミキシング

いわゆるAメロやBメロに相当する部分。

作業しやすいように、はじめは「DUB」トラック(=ダブルのこと)をミュートしておきます。

「DUB」「DUB STEREO」がミュート(M)になっている

ボリュームオートメーションを書いたら、イントロと同じようにコンプ、EQを使います。

イントロのコンプは176だったが、平歌ではLA-2Aを選択

ナチュラルなイントロとはコントラストをつけたいので、700Hzを4dBカットし、コンプの種類も変えました。

空間系は、リバーブ1種類に、イントロと同じ設定のステレオイメージャーです。

ディレイは無しで、リバーブも1種類

ダブルの処理は結構難しくて、エンジニアさんによっても異なると思うのですが、今回は中域をグッと持ち上げてラジオっぽくしてみました。

ボリュームオートメーションも書いています。

ローをカットし、800Hzを持ち上げている

サビをミキシング

サビは、コーラス(葉宮さん)が2本、リード(ShaLonさん)が1本です。

コーラスが印象的なので、コーラスから音作りしてみます。

コンプは掛けすぎないように注意しつつ、LA-2AとVOXBOXの2段掛け、プリアンプは、メインボーカルと差別化のためNeveにしてみました。

Neveはプリアンプ+15dBで、フェーダーをその分下げる

コーラス1本目と同じ設定で、コーラス2本目も調整してみます。

コーラス1本目をL20に、2本目をR100にパン振りしたのがこちら。

いい感じですが、LとRでパラメータが同じなので、ちょっと単調になってしまっています。ブレスのタイミングも左右でズレていますね。

コーラスで使っているエフェクトを少し変えて、ブレスも片方だけにしてみます(ブレスはセンター)。

その後、2本のコーラスをバスにまとめて、バスでリバーブを使うとこのような感じになります。

プレート系のリバーブは、ハイに嫌味が溜まりやすいので、EQでカット。ステレオイメージャーは、Modeを選択せずナチュラルな雰囲気に

コーラスができたら、いよいよサビのリードボーカルです。

といっても、平歌との差別化(サビの盛り上がり)はコーラスでできているので、平歌のボーカルとほぼ同じ設定で大丈夫です。

ボーカルMIXの具体的な流れは以上になります!

マスタリング後の楽曲もかっこいいので、ぜひお聞きくださいね。

今回の楽曲は、スタジオ録音でボーカルの音も良かったため、最小限のエフェクトだけ使用しました。
宅録だと(環境にもよりますが)、無音部分のカットやノイズ除去は必須かと思います。

ボーカルのノイズ除去について

僕がボーカルMIXでCubaseを推している理由のひとつが、いわゆる「ストリップサイレンス」の精度が高いことです。

無音部分を検出して、無音でない部分を残してくれる機能のことですが、どこまで無音かをこちらで決められるので、ボーカルフレーズ間の背景ノイズを自動でカットできます。

Cubaseの「無音部分の検出」機能

フレーズにノイズが入ってしまっている場合は、「iZotope RX」「Waves Clarity Vx Pro」などを使い分けています。

どちらも強力なノイズ除去ツールです。

ボーカルのピッチ補正について

Cubaseは、ピッチ補正機能「VariAudio」がDAWネイティブで入っているのも大きな魅力です。

市販のピッチ補正ソフト「Melodyne」のような操作性で、一音ごとにピッチを上げ下げすることができます。

ピッチを綺麗に補正することはもちろん、ケロケロボイスにもできますよ!

Cubaseのピッチ補正機能「VariAudio」

ボーカルMIX Q&A

(Q)ボーカルMIXで一番大事なのは何ですか?

(A)その曲の持つエネルギーを感じ取る力と、クライアントさんとのコミュニケーション能力。

あくまでエンジニアは曲を預かる立場なので、ご要望にはできるだけ応えたいと考えています。

(Q)空間系はセンド&リターンがいいって本当?

(A)ディレイは、オートメーションを書くことが多いので、センドで使うのがいいでしょう。

リバーブは、インサート/センド&リターンどちらでもいいと思いますが、特殊なリバーブ効果がほしいとき(10秒以上のロングリバーブや、リバーブ後段にさらにエフェクトを掛けるなど)以外では、インサートが音質面で有利だと感じています。

海外のエンジニアさんも、インサートで使う人のほうが多いようです。

(Q)プラグインを使う順番はある?

(A)例えばEQとコンプだと、EQを調整してからコンプを調整することが多いです。

DAWのプラグインスロットは上から下に信号が流れるので、プラグインを挿す順番もいろいろ試して、いい感じになる順番を採用します。

(Q)プロはどれぐらいのエフェクトを一曲で使いますか?

(A)あくまで僕の場合ですが、オーバーEQ、オーバーコンプが一番よくないので、10種類ぐらいしか使わないです。

(Q)おすすめのプラグイン・エフェクトを教えてください

(A)UAD全般と、リバーブのValhalla、LiquidSonicsがオススメです。強いアナログ感がほしいときはAcustica Audioも候補です。ノイズ除去はiZotopeが優秀です。Wavesは、純粋なエンジニアリングというよりは、クリエイティブな仕掛けを作るときに使っています。

参考文献:

エンジニア直伝!クリエイターのためのミックス&マスタリング最新テクニック(pp.74-81, リットーミュージック)

ミックス・ダウンをDAWで学ぶ本(pp.44-56, リットーミュージック)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?