斜に刺す

焼肉が好きだ。特にお店に行って食べる焼肉。美味しいのはもちろん、外食全般に言えることだが、あの面倒な後片付けをしなくて良いのが大きい。油ハネなんか気にする必要もない。タレをこぼしても気にも留めない。ご飯粒なんてどうでもいい。そういった優位に立てている実感があるから、私は焼肉が好きだ。

私は私が大好きだ。自分で言うのもなんだが、容姿端麗な方だと思う。おかげで恋人には不自由しなかった。他にも容姿のおかげで助かったことは多い。少し荷物を運ぶだけでも手伝ってくれるし、私が聞かずとも勉強も教えてくれた。私が私で生まれたことを評価してあげたい。


なんて馬鹿げたことを思っていた時もあった。今考えると稚拙だったなと思う。結局「若さ」なんだろうな。年増好きもいるにはいるが、そういう人も若いのが無理な人はいない。逆はそればかりではない。若いのが好きな人は年増は受け付けない。そういった世の中の構造になっているのだ。

そう。気づいたら生き遅れていたのである。生き遅れていたなんて、誰も教えてくれなかった。若さという武器に安住して、他の部分を磨いてこなかったそんな報いが来たのだという人もいるだろう。そんなの知ったこっちゃない。ひとつの部分に安住せず、他も磨いていたら今頃結婚してるだろうし、何かしらで成功してるだろう。皆目見当違いである。

でも、あの男と出会いがなければ、そこからもズルズルと奈落に堕ちていっていたかもしれない。

出会いは、1人で行ったファミレスだった。日曜昼の家族連れが最も多い時間帯。そんな浮かれ顔のファミリーを見てコーヒーを飲みながら油のはねるハンバーグを食べるのが日課だった。ドリンクバーにコーヒーのおかわりに行ったとき、後ろからあっ、という情けない声と共に背中が熱くなるのを感じた。後ろに並んでいた人がつまづいて、私の背中にカプチーノをぶっかけたのだ。その人はさっきの情けない声と裏腹に誠実に対応してくれた。本当に誠実だった。変な下心なんて一切感じなかった。そんな人は初めてだった。それから何回も会ううちに私はその男に惹かれていった。

私の方から好きのベクトルが向かっていったのはおそらくこの男だけだったであろう。私とその男は付き合うことになった。私よりも2つ下の男。私と同じくらいの身長の男。私よりも可哀想な男。

彼は趣味が家庭園芸だった。同棲を始めたときは、日当たり重視のベランダがあるマンションを選んだ。彼のお気に入りの作物は小松菜。なんでも、花言葉が「小さな幸せ」らしかった。彼曰く、
「人生って、

たくさんの小さな幸せと少ない大きな不幸せで帳尻を合わせている。

だから、なるべくいっぱいの小さな幸せと、なるべく少ない大きな不幸せを求めたい。」
と言う。私は全く意味がわからなかった。大きな幸せもあるし、小さな不幸せもあるだろうに。

優しい男だった。子供が好きで、困っている人がいたらすぐに助ける。潔癖で几帳面で何でもかんでも気負ってしまう。酒は弱いくせに飲むし、タバコも「やめたいんだけどね」の繰り返しでやめなかった。そんな気の弱さも持ち合わせた男だった。そして、焼肉が好きだった。元来の気の弱さから頼まれたことも断る術を知らないらしく、私のワガママや仕事での無茶振りなどを全て1人で背負っていた。

そんな彼と出会って私は変わろうとした。もう、生きてる内での恋はこれで終わりにしようと決めてたから。私は私を変えようとした。私しか見ていなかった。彼のことを構わずに。

仕事の関係で毎晩遅くに帰ってきて、朝早く出勤する。日に日に彼は痩せていった。頬もこけていった。私は見ていられなかった。出会った頃は健康体な体が徐々にやつれていくことが。目の輝きを失っていくことが。もう出会ったころの面影は一切なかった。でも、彼は私のことをずっと考えてくれていた。月1回2人で外食の焼肉。彼は私とは違って、肉の油はね、こぼしたタレを毎回几帳面に拭いていた。

だが、日に日に彼は焼肉を食べなくなった。私が焼肉を食べるところを見て、ずっと笑っていた。その笑顔がずっと続くと思っていた。

そう、ずっと。

ある晴れた日の朝。彼は死んだ。
ソファーの上で冷たくなっていた。
私は呪った。私自身を呪った。彼に助けてもらったのに、彼を助けてあげられなかった。
いつだって私は自己中心だった。いつだって私は甘えていた。彼の優しさに。彼の誠実さに。

若さだけが取り柄だった若い私は死んだ。
誠実で優しかった彼も死んだ。

今度は老いた私が死ぬ番。

また、彼に会う時に、彼みたいに痩せ細って誰かわからなくなるのは嫌だから。気づいてもらえないのは嫌だから、今日も私は焼肉を食べる。

〜終〜


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