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真夜中の、ネコ 第1話『おれは、ネコ』

おれは、ネコ。

この家に住むことになって、2度目の夏が終わろとしている。

おれはこの家で「たろう」と呼ばれる男と暮らしている。

縁あって、「たろう」と暮らし始めたのが去年の夏の始め。よく晴れた、とても暑い日だった。

「たろう」は少々変わっているがいい奴だ。

毎日欠かさずメシをくれる。

おれが好きなメシの種類も把握して、何種類かを適度な量に分けてくれる。

メシをくれるたびに「たろう」は「けんこうだいいち」とおれに言う。まるで自身に言い聞かせているように。

おれのトイレをいつも清潔にしてくれる。

このふたつだけで充分、いい奴。

「たろう」自身、とてもきれい好き。
男のひとり暮らしにしては、部屋も整理整頓してあり、掃除、洗濯もまめにやっている。

「たろう」は風呂が大好き。

『しごと』に行く日は、風呂に入ってから行き、帰ってきたら即風呂に入る。

『しごと』から帰り、風呂から出た「たろう」は、何とも幸せそうな顔で『コーヒー牛乳』を飲む。

『しごと』に行く前の風呂から出た「たろう」は、何ともつらそうな顔をしている。(本人は自覚していないと思うが…)

「たろう」が『休みの日』に、おれも危うく風呂に入れられそうになったことがあった。

おれは必死に抵抗して、しまいには「たろう」の腕に噛みついて逃れた。

「たろう」の左腕から血が出ていた。

さすがに怒られると思ったが、「たろう」は傷を丁寧に消毒し、絆創膏を貼りながら
「風呂、嫌いなのか。ごめん」と言って2度とおれを風呂に連れていかなくなった。

「たろう」とおれの家、余分なものがほとんどない2DKに、額に入れて飾ってある1枚の色紙がある。やたら目立つ。

『日々是好日』と書いた色紙。

初めてこの家に来たとき、おれがその色紙を見ていたら、「たろう」がその意味を教えてくれた。

おれからすれば、「たろう」に「日々いいことある」ようにはとても思えない。

午前2時22分。
おれの『しごと』の時間だ。
寝ている「たろう」を横目に、おれは家の中のパトロールと邪気払いをする。

おれは、思う。

目に見えるものだけがすべてじゃない。

どんな物にだって気持ちが、こころがある。

このふたつを「たろう」も何となくわかっている気がする。

そんな「たろう」とおれの日々を、これから少しずつ紹介したいと思う。

おつきあいいただけたら、うれしい。



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