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真夜中の、ネコ 第2話『おれの、名前は…』

「名前、決めないとな」

おれが『たろう』の家にきた日。

用意された新しい食器、おもちゃ、トイレを眺めていた時に『たろう』はそう呟いた。

おれの『名前』が決まるのに、まさかこんなに時間がかかるとは思ってなかった。

正直なところ、おれは『名前』を気に入ってない。そもそも『名前』って必要なのかな?

「うーん…」

おれの姿を目で追いながら、考え込んでいる『たろう』。

おれは部屋の中を警戒しながら歩きまわり、敵がいないことを確認して安心した。

「あっ、そうだ!」

『たろう』は立ち上り、書棚を開け、何か探し始めた。

おれは喉が渇いて水が飲みたくなってきた。

「あった!」

『たろう』は宝物でも見つけた子供みたいに嬉しそうな顔をして本を1冊抱え、おれのところに戻ってきた。

信じてもらえないかもしれないが、おれは人間の言葉が理解できるネコだ。

言葉だけでなく、人間の表情や仕草や発する【何か】から、そいつの考えていることや身体の状態もわかる。
そいつのこと信用できるか、好きになれるかどうかも判断する。

『たろう』は本の表紙をおれに見せた。

同じような型の服を来て、木の棒や大きな手袋を持った人間の写真がたくさん載っている。

「名前の候補を言うから、いい名前だと思ったら ″にゃあ~″ って鳴くんだよ」

候補にあがった名前と、教えてくれた(しょぞくなど)を書いておく。

おれには、『たろう』がいいと思う基準がさっぱりわからない。

・グラッデン(巨人)
・コトー(巨人)
・ジョーンズ(巨人)
・マック(巨人)
・パウエル(中日)
・ステアーズ(中日)
・ハウエル(ヤクルト)
・ハドラー(ヤクルト)
・オマリー(阪神、ヤクルト)
・ブラッグス(横浜)
・ローズ(横浜)
・メディーナ(広島)
・ロビンソン ペレス チェコ(広島)
・デストラーデ(西武)
・タイゲーニー(オリックス)
・キャブレラ(オリックス)
・ブライアント(近鉄)
・ウインタース(日本ハム)
・シュー(日本ハム)
・グロス(日本ハム)
・ミューレン(ロッテ、ヤクルト)
・フランコ(ロッテ)
・インカビリア(ロッテ)
・ヒルマン(ロッテ)
・ボビー バレンタイン(ロッテの監督)
・ライマー(ダイエー)
・トラックスラー(ダイエー)
・ミッチェル(ダイエー)

おれは、鳴かなかった。

「もう少し前の時代ならどうかな?」

・クロマティ(巨人)
・ガリクソン(巨人)
・バース(阪神)
・ゲイル(阪神)
・キーオ(阪神)
・ゲーリー(中日)
・ライアル(中日)
・バンス ロー(中日)
・ポンセ(大洋)
・パチョレック(大洋、阪神)
・レイノルズ(大洋)
・ランス(広島)
・ジョンソン(広島)
・ロードン(広島)
・アレン(広島)
・レオン リー(ヤクルト)
・ホーナー(ヤクルト)
・ブコビッチ(西武)
・バークレオ(西武)
・ブーマー(阪急、オリックス、ダイエー)
・バルボン(阪急、外国人通訳)
・デービス(近鉄)
・オグリビー(近鉄)
・デビット(南海)
・ハモンド(南海)
・バナザード(南海、ダイエー)
・ライト(南海、ダイエー)
・ブリューワ(日本ハム)
・バットナム(日本ハム)
・デイエット(日本ハム)
・イースラー(日本ハム)
・レロン リー(ロッテ)
・マドロック(ロッテ)
・ディアズ(ロッテ)

おれは、鳴かなかった。

「外国人選手の名前じゃだめか。それなら、思いきって日本のレジェンドを…」

・おちあい ひろみつ(三冠王)
・ながしま しげお(ミスタープロ野球)
・おう さだはる(世界の王)
・むらた ちょうじ(マサカリ投法)
・かどた ひろみつ(不惑の二冠王)
・のむら かつや(生涯一捕手)
・やまだ ひさし(サブマリン投法)

おれは、鳴けなかった。

そもそも、『がいこくじんせんしゅ』とか『にほんのれじぇんど』って何だ?

気がつけば2時間以上、いろんな「名前」をひとりでつぶやいている『たろう』。

おれは喉の渇きに加え、お腹も空いてきた。
鳴きたい。いや、泣きたいくらいだ。

でも我慢した。

下手に鳴いて、不本意な名前つけられても困るから『たろう』が気づくまで待つしかなかった。

「あっ、お昼すぎてる!昼ごはん作らなきゃ。う~ん、今日は買いに行くか。すぐ戻るから、おりこうで待っててね」

そう言って『たろう』はおれの頭を撫で、家を出て行った。

おれの昼メシはすっかり忘れられてるんじゃないかと心配になってきた。

「ただいま、お昼ごはん買ってきたよ」

『たろう』は近所にある行きつけのスーパーで、箱に入った食べ物とペットボトルと呼ぶ容器に入った飲み物を買って帰ってきた。

「キャットフードも買ってきたよ、水はペットボトルのを分けてあげる」

おれの昼メシも忘れずに買ってきてくれた。

ありがとう『たろう』。

新しい食器にキャットフードと水をそれぞれ入れてくれたので、おれはさっそく水を飲み、メシを食べ始めた。なかなか、うまい。

『たろう』も箱に入った食べ物を開け、手を合わせ「いただきます」と言って食べ始めた。

『たろう』の食べている物から、何とも不思議な匂いがしてきた。おれはそれが何なのか知りたくなり、テーブルに乗った。

「近所のスーパーで売ってるお寿司がとても美味しくて好きなんだ。お昼すぎてたから、助六しか残ってなかった。助六も美味しいなあ」

『たろう』が旨そうに食っている「助六」の何とも甘酸っぱい匂いがたまらず、おれはひとつ拝借しようと手を伸ばしたが阻止された。

「食べたいのかい?でも、ネコに食べさせていいのかな?代わりにキャットフード、もう少しあげようか?」

「お腹こわすといけないから、助六は」と『たろう』が言った瞬間、

おれは思わず、

にゃあ!(食いたい!)

と鳴いて、隙をついてひとつ咥え、テーブルから降りた。

『たろう』は一瞬、呆気にとられたようだが、「助六」を旨そうに食べるおれを見て、

「鳴いた、初めて鳴き声きいた!」と言った瞬間、何かひらめいたような顔をした。

そして、キラキラした瞳でおれを見て、

「名前は助六にしよう!」

おれの名前は『助六(すけろく)』に決まった…。

何とも満足げな『たろう』。

拝借した助六は確かに旨かった。

『たろう』が真剣に『名前』を考えてくれたことは確かだ。

だが、いま一度言わせてもらう。

おれは『助六(すけろく)』という名前を気に入ってない。

おれの名前、皆さんどう思う?



















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