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大学院生の落書き#4感想を探す、「最後にして最初の人類」を観て

映画を観た。映画館を出て大阪駅へと向かうと、広場にはあらゆる段差に人が座っていた。それぞれのグループは互いに距離を取っていて、鴨川のカップルの法則か何かの三次元版が展開されていた。花火大会でも今から始まりそうな雰囲気の中、ただ歩いて帰る。どういう関係かの男女、楽しそうなグループ、時短営業で失った居場所をみんな何とかして取り戻しているようだ。

感想を抱くのが苦手だ。感想を他人に言うのではなく、抱くのが。「講義の感想を書け」このレポートが何よりも一番難しい。「話を聞いて面白いと思った所を書いて下さい」これもまた難しい。そう、評価は出来ても感想を抱く事はなかなか出来ない。昔から映画を観ても「すごい作りだ」とは思えどあまり「好き」などの感想が先行する事は無かった。
しかし映画やドラマなどはやたらと見る自分は、今日「最後にして最初の人類」を観た。

監督はヨハン・ヨハンソン。誰だ?と思って調べてみると、数々の好きな映画の作曲を担当していて頭が下がる。ナレーションはティルダ・スィントン。ドクター・ストレンジを導いた至高の魔術師の女優さんだ。全く知らない人の為に予告編

見ての通り謎多い映画なのである。
そんな映画を観て、何か自分は感想を抱いていないのか...それを探したい。ネタバレはしない。

劇場を出た所で、自分の感想を抱く前に人類で一番尊敬している小島秀夫監督のコメントを見てしまった。

素晴らしすぎてもはやこれしか考えれなくなってしまった。とはいっても、予告編を見た時からどこか「2001年宇宙の旅」の雰囲気を感じ取ってはいた(だからこそ観た)。どこか漂うこの感じは、他には中々あるものでは無い。自分が抱いているこの感情も何なのかよく分からない。「最後にして最初の人類」も「2001年宇宙の旅も、マイベストの「インターステラー」も共通した何かを有していて、その何かに自分の中で何かが湧き起こっている。これは感想なのか、全く持ってわからない。ただこの映画には後者二つほどドラスティックな展開は一才ない。カメラはゆーっくりと連続的に動いて行くのみで、画面の中を動く生物も見当たらない。映像は白黒なので2001年宇宙の旅のような目紛しい色使いもない。音楽の抑揚もかなり弱く、ナレーションもゆっくりでゆっくりと時間が進んでいく。そして時間感覚は徹底的に壊される。90分の映画の筈だが、あとどれくらいあるのだろう。延々と30分くらいに感じられ、時間が進んでいる感覚が奪われる。その間も最後にして最初の人類の語りは続き、語り主が果たして最後の人類なのか最初の人類なのか分からなくてなってきた。そして、いきなり数少ない製作陣を記したエンドロールが始まる。「え、終わり?90分も経ったの?」と困惑する中、全員の名前を流した映画はそのまま終了する。劇場の電灯がつけられるまで、90分もの映画が終わった事は信じられなかった。果たして彼らは最後の人類なのか、最初の人類なのか。いやタイトル通り最後にして最初の人類なのだろう。そして、やっぱり時間感覚と共に感想は何処かに無くして来てしまったようだ。

帰り道でSpotifyで「Last and First Man」と検索する。サウンドトラックがヒットし、ヨハン・ヨハンソンが奏でる音楽を聴きながら1人、あらゆる段差に座る人々の間を歩く。そうか、世の中はコロナ禍で今日は休日。人々は行き場を無くしてこんな所に集まってるのか。そう思いながらnoteに書くことを考えて、普段はPCで書くところをiPhoneを取り出して書き進める。

映画を観た。感想は分からない。

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