なんでもできるはなんにもできない

期待に応えようとする姿勢

父親の影響を受けて小学4年生から野球を始めた。父親が見つけてきた地域の少年野球チームに入部し、平日は練習、土日はリーグ戦や大会で試合という日々を送る。

土日の試合は父親が見に来ることも多かった。父親はずっと野球をやってきた人だから、練習に取り組む姿勢や礼儀などにとても厳しい。当時、僕が試合で見逃し三振をして試合会場から走って帰らされたことが何度もある。

そうした経験があったから僕にとって野球で関わる父親は畏怖の対象だった。

今思うと過程と結果を分けて叱ってくれていたんだろう。一生懸命頑張って試合で結果が出ないことにはとやかく言わない。ただし、その過程として結果を出すための正しいプロセスを踏めていない場合は厳しく叱る。

ただ、当時はそんな親心など知らずただただ父親を恐れていて、試合ではミスしないように全力を尽くす、父親の目線を気にしながら大声で声掛けをする、を心がけていた。


何でもできるけど何にもできない

そういった過去があったからか、社会人になってからも周りの期待に応えようとする姿勢が身に着いていた。「上司に怒られたくない」「周りからできないやつだと思われたくない」そんなことをモチベーションに頑張っていたんだと思う。

新卒入社した会社で5年目を迎えたころ、気が付くと会社ではもうベテランに分類される年次なのに、自分が何も持ち得ていないことに悩んでいた。

浅く広い知識が身に着いているので、たいていの物事は理解も対処もできる。ただし逆に言うと浅く広い知識だけが身についていて、周りに対して「この領域なら助けられます。」「これだったら得意です、任せてください。」と胸を張って言えるものがない。

自分としては早期にマネジメントキャリアへ踏み出したいのだが、専門知識もマネジメントスキルもないためどっちつかずの状態となっていた。

大学の同期が起業したり、事業責任者になっていたりする中で、自分だけが同じ場所で足踏みをしているような感覚があって焦燥感に駆られる。

でも、何をすればいいか分からなくてもやもやと悩んでいた。


最強の存在になるためには

そんなある日、いつもより早めに仕事を終えられたので、同じ時間に上がった同僚と最寄り駅まで歩いて帰ることになった。

それぞれの上司の話をしていた時に、ふとその同僚から

「あなたはもっと自分の色を出したほうがいい。」

と言われた。実は同じタイミングで後輩からも

「先輩って上司の○○さんの真似してるだけですよね。」
「先輩は自分の強みを分かってない。」

という厳しい指摘をもらっていた。ただ、二人が共通して言ってくれたのは

「あなたが努力できるのは分かってるから、自分らしさや強みを見いだせれば最強。」

という言葉。


自分の強みを活かして成果を出す

それから自分の強みってなんだろうと考えている。これまで言語化できているのは以下の通り。


①好奇心を活かして物事を幅広く理解できること。

→複雑な業務やシステムを理解することに対して抵抗がない。また、社内外の情報を積極的に収集することに長けている。


②調和性を持ってお客様との関係性を良好に保てること。

→お客様と自社でどうすればWin-Winな関係を構築できるか考え、実際に良好な関係性を構築することができる。


③1つの物事を徹底的に考え表現することができる。
→誰もが言葉にはしないが感覚的にとらえていることを、言語化あるいは映像化することで共通の感覚として理解できる状態を作り出せる。


ただし、大切なのはこの強みを使って成果を出すこと。そのためにはこれらの強みを意識しつつアウトプットをし続ける必要がある。

実はこのnoteを取り組み始めたのも③に対してアクションするためで、自分なりに強みを活かして社会へ貢献することができる方法を模索している。

会社など他者との関わりの中で生きるうえで、なんでもできるよりこれだけはできるというものがあるほうが、周りから頼られ、感謝をされやすい。

そしてたぶん自分はなんでもできるように見せかけた、なんにもできない人だと思う。だから、まずは自分の強みである領域を伸ばしていこうと思う。


#あの会話をきっかけに

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