見出し画像

金持ちと貧乏で幸せレベルは違うのか?

僕はいま、新大久保の雑居アパートみたいなところに4人でルームシェアをしています。


大学の頃から数えて今年ちょうど6年目を迎えます。

友達や会社の人などに話すと「え、信じらんな〜い」とか「プライベートは?」などと聞かれますが、一言で言うと「超楽しくて快適」です。


はい、もちろん4人で住んでいるので超狭いことには変わりないですが、普通の社会人の賃料の2分の1くらいで住めて、新宿、渋谷も、チャリで15分くらいで行けます。帰ってきて話す相手も一緒に遊ぶ相手もいます。

無難な言葉で言うと「普通に幸せ」です。

幸せと言うと、大学時代はそこまでお金が無かったので、せいぜいたまに1500円くらいの格安の焼肉食べ放題を食べて「自分て超幸せやわ」と思っていました。

単純と言えば単純です。

行きつけの店は早稲田通りの「ガッツ・ソウル」でした。

社会人になった今、そこそこ社会人なりのサラリーをもらうようになって、大学時代よりは良い店に行くこともあります。ですが、変わらず「自分て超幸せやわ」と感じています。


店のグレードがアップしても、幸せレベルは一切変わっていません。

おそらくこれから年収10億円になったとしても一切幸せレベルは変わらないでしょう。

なぜならさっきから何度も言うように「いまの環境で充分幸せ」だからです。将来、収入に応じて生活の質がアップしたとしても「いまの環境で充分幸せ」というスタンスは変わらないと思います。

それは「今あるものに満足できた」からだと思います。

いや、「今あるものに満足する心に変わった」からだと思います。

おそらく、「いまより収入が増えたら、いまより自由な時間を手に入れられたら幸せ」と思っていたとしたら、永遠に幸せはやってこないのではと僕は思っています。


良くあるじゃないですか?「自由な時間とお金を手に入れて世界を旅しながらスマホで働く」みたいな感じで、ギラッギラの写真をガンガンでアップしている人たち。

本人が幸せならそれでいいですが、「あなたは縛られているから、もっと稼いで自由になったら幸せだよ」と言うべきではないと思うのです。

もっと極端な言い方をすると、「今与えられている生活に満足できていない人は、一生満足できない」と僕は思っています。


少なくとも僕は「収入が上がって幸せになりました」という人を見たことがありません。「収入が上がって一時的に楽しそうにしている人」は見たことがありますが、幸せそうかと言うと、それはまた違います。
そういう人は、また更に上の生活をと渇望していきます。


「今の生活に充分満足すること」

これは世界中のお金を持つことよりも、はるかに簡単で大切なことだと僕は思っています。


金持ちと貧乏で幸せレベルは違うのか?

どちらも変わらない、というのが僕の答えです。


満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を僕は授かっています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?