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重力と呼吸:逆らえないものと止められないこと

それがいつかはわからないけれど、自分の力ではどうしても逆らえないものに出くわすタイミングがある。一度そいつが現れれば、僕らのやりたいことややるべきこと、或いは止められないことなんかはお構いなしで、どれか一つを選べと無理矢理迫られる。さてそんな時、僕らは一体どう振舞えばいいのだろう。


模範解答であるかはわからないけれど、上の問いに一つの答えをくれるのが、Mr.Childrenの通算19枚目のアルバム『重力と呼吸』だ。



メジャーデビュー以来初めての全曲セルフプロデュースとなったこのアルバム。多彩な楽器を導入してカラフルなアレンジを施してきたこれまでの作品とは打って変わり、ロック色の強いストイックな雰囲気の曲が並ぶ。ただ、曲のテイストこそ変われど、メロディーや各パートのフレーズは妥協無く洗練されている。食べ物で例えると、これまでのMr.Childrenの音楽が三ツ星の和会席だとすれば、『重力と呼吸』は隠れた名店の手打蕎麦といったイメージだろうか。


話を戻すと、どうして『重力と呼吸』が一つの答えとなり得るのか。それを紐解いていくため、まずはこのなんとも無骨なタイトルを解釈してみる。これはもちろん何かしらのメタファーなのだろうけれど、その比喩の正体がアルバムのメッセージと深く結びついているのは間違いない。では、このタイトルは一体何を表しているのか。


それは、重力が「生きている我々が逆らえないもの」、呼吸が「生きていく我々が止められないこと」、を意味しているのではなかろうか。


つまり、この地球上に生きている限り僕らは常に重力に縛りつけられなければならないし、この星で生きていくには絶えず呼吸をして酸素を取り入れなければならない。こうしたいわば「逆らえないものと止められないこと」の象徴が『重力と呼吸』なのだと考える。


なるほどこうやって捉えてみると、「逆らえないものに対してどう振舞えばいいか」という問いに何やら物申してくれそうである。ではこの解釈を踏まえた上で、アルバムが提示する一つの答えを紐解いてみる。そのためのヒントとなる一曲が、アルバムのラストを飾るロックバラード、『皮膚呼吸』である。



ピアノのアルペジオによるイントロにVo.桜井さんの歌が重なり、最初のサビにかけてGt.田原さん・Ba.中川さん・Dr.鈴木さんが加わっていき壮大なバンドサウンドを組み立てていく。このアレンジだけでも感動ものなのだけれど、やはりその歌詞にこのアルバムの核となるメッセージが込められている。


この曲の歌詞は、まず主人公が自らの心の声に「それで満足ですか?」と問いかけられる場面から始まる。この問いに対し主人公は(おそらく溜息混じりに)こう答える。

「自分探しに夢中でいられるような子供じゃない」(『皮膚呼吸』)

つまりこの主人公は加齢という"重力"に縛られており、それに逆らってこの先を生きていくことを些か億劫に感じているのだろう。同時に、そんな自分の現状を疑問視する内なる声も無視できずにいる。板挟みである。


若かった頃の勇気を失い、"重力"に縛られて己を変えられない姿を自嘲する主人公。しかし、最後には"重力"に逆らっていくことを決意する。

「皮膚呼吸して 無我夢中で体中に取り入れた

 微かな酸素が 今の僕を作ってる」(『皮膚呼吸』)

「I'm still dreamin' 無我夢中で体中に取り入れた

 微かな勇気が 明日の僕を作ってく」(『皮膚呼吸』)

そう、この主人公にとって夢を追うことは"呼吸"と同じくらいに、生きていく上で必要不可欠な営みなのだ。例えどれだけ強い"重力"に縛られていようと、"呼吸"を止めることは心の声が許さないのだ。逆らえないものにそれでも抗い、止められないことを追いかけていく。このアティチュードこそが、『皮膚呼吸』、ひいては『重力と呼吸』が投げかけてくる一つの答えなのではないだろうか。


当の僕はいまだに押しつぶされるほどの『重力』に出会したことはないけれど、きっとあと数年もしないうちにそいつはやってくるだろう。その時に僕は、一体何を止められない『呼吸』として選ぶのだろうか?このアルバムを聴く時は、いつもそれを試されているような感覚になるのである。



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