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【日本語教育の覚書】日本語の「た」は過去形ではありません。


 皆さんは「ありがとうございます」「ありがとうございました」のどちらを使いますか?ちなみに「ありがとうございました」の「タ」は、過去ではなく婉曲化による配慮の表現です。「ありがとうございました」の方が丁寧であるとされています。でも実際、「お客様が帰るときは、ありがとうございますを使ってください!過去形にはしないでください。」と言ってしまうバイト先のオーナーのことを考えると、お客様を大事にするお気持ちは察しますが、タ=過去という思い込みが見られます。そのことにより語用論レベルにまで影響を与えているんだなぁと思いました。

■「タ」の用法は多彩

(1)田中さんならあそこにいよ。[過去]
(2)「昨日田中さん来?」「いや、来なかった。」[過去]
(3)「田中さん(もう)来?」「いや、まだ来ていない。」[実現済み(完了)]
(4)ピッチャーふりかぶって、第一球、投げまし。[実現]
(5)あ、(見たら)あっ。[発見]
(6)なんだ、(本当は)ここにいのか。[認識修正]
(7)そういえば明日は休みでしね。[思い出し]※「想起」とも言う
(8)昨日手紙を出せば明日届いのに。[反事実]
(9)こんなことなら明日来るんだっ。[後悔]
(10)ちょっと待っ![命令]
(11)昨日彼からもらっ本をなくしてしまった。[発話時以前]
(12)明日勝っチームが来年の世界大会に出場できる。[主節時以前]
(13)まっすぐ伸び道(=まっすぐ伸びている道)。[状態]
(14)今 100万円あっとします。[仮定]
(15)ありがとうございまし。[婉曲]
(16)下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。梯子の口までは、僅に五歩を数えるばかりである。下人は、剥ぎとった檜皮色〔ひわだいろ〕の着物をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた
(芥川龍之介「羅生門」)[時間関係]
(17)どこにあると思いますか?はい、ここでした!「判明」
(18)明日雨だったら、何をする?「仮定」
   ※明日という未来のことなのに過去形?という学習者の声が聞こえてきそうです(^^;)

 「タ」は確かに「過去を表す」が、その機能は多彩でいつでも過去を表すとは限らないのです。

■ 英語の過去形も過去ではない。
 同様の現象は英語でも見られます。

(1)The man who just left was my brother.「時間関係」
  (さっき去ったのは、私の弟だ[っ])
(2)The animal you saw was a chipmunk. (R. Lakoff 1970)「時間関係」
  (あなたが見た動物は、シマリスでしよ)

(3)In the year A.D. 2201, the interplanetary transit vehicle Zeno VII made a routine journey to the moon with thirty people on board. (Leech 1987)
(西暦2201年、惑星間輸送船ジーノ7号は、乗客30人を乗せて月への定期飛行を行った)「儀礼的過去」「婉曲」

(4)I wonder / wondered if you could help me. (Quirk et al. 1972)
  (手伝っていただけるかなと思っのですが)
(5)“Did you want me?”“Yes, I hoped you would give me a hand with the painting.” (Leech 1987)
  (「ご用でしか」「ええ、ペンキ塗りを手伝っていただければと思っのです」)
 Do you want me?(何かご用ですか)とすると、「質問が切り口上になって相手が萎縮してしまうので,過去時制を用いて質問を間接的にし,相手に依頼しやすくしている(遠景化 (distancing) の効果である)」
(6)What if you were an animal? What would you want to be?「仮定」
  もしあなたが動物だったら、なんの動物になりたいですか?

■ まとめ
 日本語の「タ」は助動詞であり、過去形という活用形はないです。上に示したように、日本語の「タ」と英語の過去形は、過去を表す場合と表さない場合があります。日本語を教える場合に、タ形は過去形です!と断定しないでください。


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