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フィクションの実験場としての胆振西部

イメージの最果て。どうも、神山です。

GWでしたね。内地では緊急事態宣言が出ており、北海道では札幌の感染者数が増えているなか、何故か特に何もなく、さも当然として東京オリンピックのプレイベントとして、招待選手が札幌で走っていました。誰か道内マスコミなり政治家は怒っていいと思うんですけど…。マラソンが終わったらまん延防止なんとかをやるの、何。

5/1の月末読書会(「原子力の哲学」回)を終え、5/2の写真展搬出を終え、GWの後半3日は恋人とともに白老にある「湯元ほくよう」に宿泊する、2泊3日のバカンスへと出かけました。主な目的地は1日目:民族共生象徴空間 ウポポイ、2日目:登別マリンパークニクス、3日目:登別伊達時代村。そのほかに立ち寄った場所としてはノーザンホースパーク登別市立郷土資料館(川上公園)、マザーズプラス(mother's+)などなど。久々の長距離運転となりましたが、楽しい3日間でしたね。湯元ほくようについては、日帰り入浴+朝食バイキングプランが大人気なようでした、ウポポイなどに向かった際は、みんなも行きましょう。

さて、本投稿ではタイトルから察せられる通り、ウポポイと登別伊達時代村についてを書いてゆきます。端的にまとまっているのはこのツイート。

では、はじめましょう。

1.民族共生象徴空間 ウポポイ

入場の際や、博物館などの施設に入る際、というかキャストに挨拶されるシチュエーションでは基本的にまず「イランカラプテ」と言われます。アイヌ語で「こんにちは」の意。これを北海道の(開拓151周年目以降の新たな)おもてなしとして普及させるというキャンペーンも行われています。JR北海道に乗ると、車内アナウンスでもこの言葉を聞くことができますね。

それだけでなく、植生まで随所にアイヌ文化が散りばめられた民族共生を象徴する空間です。概要についてはこちら。…なるほど、いいでしょう。前身となったポロトコタンには小学生の時に修学旅行でゆきました。もっといろいろあったような記憶がありますが、おそらく巨大な博物館に様々なものを収容した結果、何軒かのチセ(家)やただ置かれているチプ(丸木舟)にその姿を残すのみだったような気がします。というか、あまりにも近未来的な、のっぺりとした、もはやアイヌからはかけ離れた(何か意匠の元ネタがあるのかもしれないですが、パッと見わかりませんでした)巨大な建物たちがまず入場者を出迎えます。

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巨大な建物のひとつ:ウエカリチセ 体験交流ホール(チセでいいのか…?)

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いくつかのチセからなるコタン(村):儀礼への参加や見学の他、民族衣装を試着して写真撮影ができる。

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民族共生象徴キャラクターが置かれている平原

ポロトコタンの記憶があまりなかったので、インターネットの海を漂流したところ、わかりやすい記事がありました。これを見ると、政治的に正しいのかどうかはさておきつつも、ウポポイよりもわかりやすい展示となっていたことが窺えます。

ちなみに、サムネイルにもなっている巨大な村の長・コタンコロクルの像はポロトコタン閉館時に撤去されているようです。

ウポポイは、これまで北海道や日本が黙殺してきたアイヌの文化や歴史についてを、ちゃんと伝えよう・遺そうという意図で作られたと認識しています。しかし、現地を見ると、あまりにもその意図が上滑りしてしまっている感が拭えません。

そもそも文字や明確な文法がない(だったよね?)アイヌ語について、日本語よりも上に置きたい欲望はわかるものの(英語圏や中国語圏の人が来ることを前提にキャプションやサインなどが作られているにも関わらず)その表記は何故カタカナなんだろう。アイヌ語表記がどのように今のルール(カタカナで、一部常用でない小文字が入る。プとかルとか)になったのかは、旭川市のホームページに記事がありました。社団法人北海道ウタリ協会作成のアイヌ語テキスト「アコロイタクAKORITAK」(平成6年)に基づいているらしく、確かにその年代ではカタカナで表記するのがベターだったのかもしれないですが、せめて国際音声記号などを併記するなどして(方言が多く、共通語がないので、一意の記号に落し込めないということはわかっています)、想定されている観光客にも開かれたアイヌ語表記や簡単な単語の対照表があればなぁと思います。

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ほんとうに?と思うアイヌ語表記される単語たち。ウシやトゥンプの意味はなんとなく察せるものの…。

あとは説明が簡潔に過ぎて、道具や文化が実際にどんなものだったのか想像が難しい(事前知識の確認として、アップデートとしては有効だろうな)とか。ワンフロアの展示室の動線がわかりにくく、どのような順序で情報を得てほしいのかわかりにくい、とか。思ったことはいろいろとありますが……。

なんにせよ、さらっと見る限り既にリテラシーや知識があるひと向けのもので、すごくお金などをかけたり、キャストの教育をしたりして、世界観を作り上げている一方で、ふらっと寄った観光客や社会見学に来る小学生などにあまり開かれていないのでは?と思いました。

※ウポポイについては以下の記事や文章を読み、

アイヌ絵史について加えて以下の記事を読みました。

2.登別伊達時代村

一方で登別伊達時代村はウポポイとは真逆の施設と言えます。なにせ江戸時代に江戸文化のようなものは一切はなく、戊辰戦争後に開拓使が置かれ150年とちょっと、というのがこの土地・北海道です。そんななか、突然現れるのがここ。

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正門、鮮やかな赤。右手奥の建物がチケットカウンタ―。ここでは1円のことを1両と呼びます。尚、1両が実際には大金だったことも館内の資料にて明かされます。

和服姿や忍者装束のキャストに出迎えられ、中に入ると再現された城下町に。小さいながらも屋敷があり、庭園があり、寺があり、長屋があり、テーマパークとして洗練されています。キャストはみんな江戸っぽい喋り方をしていました。

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内部の景観。以外に広く、周囲に高い建物もない、おそらく簡単な時代劇などを撮れるようにパーク内の景色には気を遣っていることが窺えます。

時代村ではテーマパークとして、江戸文化がどういったものだったかなどが紹介される一方で、地元である登別や胆振が日本政府とどのような関係があり、開拓がされていったのかの解説もあります。

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日高・胆振地方の支配主地図、登別開拓の年表など。前日に訪ねた登別郷土資料館にあるのと同じもので、旅としては思わぬ伏線回収だね、と恋人と話した。

伊達政宗公の軍師としてその名を知られる片倉小十郎の屋敷が最奥にあり、忍者ショーなどでも彼の話が展開されていました。屋敷の内部は刀についての資料館や、時代劇撮影に使われるセットとなっています。片倉家と登別の関係については、支配主地図にもありますが、こちらのサイトで解説されています。僕はてんで歴史、特に戦国時代などが得意ではないですが、恋人は多少詳しく、片倉小十郎についても知っていたとのこと。

日本文化劇場で行われていた花魁ショーも、忍者屋敷で行われていた忍者ショーも、もちろん舞台はさほど大きくないにせよ、存外派手で、カッコいいものでした。本気でフィクションをプレイするし、観光客にもプレイさせるという思想がそこにはありました。ウポポイはあくまでアイヌのコタンにお邪魔する、という形式をとっているのと対照的です。そんなことより、おにゃんこ寺が寺という名前を冠しながらお化け屋敷だったのは絶対に許せないんですが…。

3.フェイク?フィクション?イメージの土地

と、ここまで白老~登別を観光して思ったことは、登別側が極めてフィクションによって観光客の注目を集めてようとしている土地なのに対して、白老(というよりもウポポイ絡みの様々な展開)はアイヌのノンフィクションさ、ポリティカルコレクトネスさ、ホンモノ感によって注目を集めようとしている空間なのだな、ということ。

もちろん、鶏卵や養殖マスや白老牛、虎杖浜たらこなどの食の名産品についても、品質がよい(エビデンスベース)上でブランドイメージ(フィクション)による価値向上を図っており、フェイクだから、フィクションだから、あるいはホンモノだからよい・わるいというものではないですが。

ここに北海道らしさというか、東京あるいは内地(外部)からのイメージ(牧歌的で大らかで力強く…)を投影し、北海道ブランド(生チョコ、ゆめぴりか、スープカレーやシメパフェなどの「食」はもちろんのこと、北乃カムイ、初音ミク(クリプトン)、チームナックス、松山千春やサカナクション的な「文化」もそうかもしれません)を打ち立てながら、そのイメージを自ら再生産していく、自己増殖する実験都市、イメージのメカゴジラシティ、という一面があります。

その結果、胆振西部がウポポイ(存在しているアイヌ)と時代村(存在しない江戸時代)を併存させているという空間になっています。イメージの操作についてはもちろん札幌や函館が代表的な都市であり、いろいろな文化を反映させている部分はありますが、こういった地方であっても同様に外圧から生成されていくのだなとしみじみ感じました。

※北海道らしさとしての「イメージの投影と再生産」については、ゲンロンカフェ北海道イベント+アフターイベント+カルチャーお白洲「北の国から」を参考に。

ウポポイへの批判的文章については上記のほかにもあるかと思いますが、偏った思想に基づく政治的な記事やツイートなどが多く、あまり検索が当てにならないなぁと思いつつ書きました。登別マリンパークニクスも登別伊達時代村と同様にスウェーデンにある古城をモチーフに作られた空間ですが、どうしてもテーマパークというか、ミニ遊園地がついており登別伊達時代村ほど、本気でフィクションをプレイできる空間ではありませんでした。

尚、2021年5月29日の月末読書会は水族館本ですので、登別マリンパークニクスについて気になる方はそちらに参加いただければと思います。道内の水族館(サケのふるさと千歳水族館おたる水族館、登別マリンパークニクス)について話すと思いますよ。ZOOM開催のみ!

ではでは。

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