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自分の成功法

私自身が成功する方法でなければ、意味がない!
今の自分が成功する方法を考え出さなければ、自分が成功しないのは当たり前だ。
まず、自分が成功してから、他の人の成功を祈ればいい。

自分の成功とはなにか?
私にとって成功とは、「期待以上に良くなること」だ。
今までこうすれば良くなる、こうすれば成功する、といった本はたくさん読んできたが、そうじゃない。私はあなたの言うような成功が欲しいのではない。
私が欲しいのは、私が驚くような、大きな成果だ。つまり期待以上がほしいのだ。
読んでしまったら既知じゃないか。
私が欲しいのは未知だ。
その成功本を読んで動かないのは、自分がその本にピンとこないからだ。つまり面白そうだと感じないからだ。
「その成功って、面白いの?」「その成功で満足しちゃうの?」と感じる。

あらかじめわかりきっているゴール(前例があるという意味で)など、私は興味がない。
ゴールじゃなくて、プロセスに集中して、その先に未知と出会うのが一番面白い。

いついつまでになになにすればよい、といったことはあとになってから言えることで、それはその人のキャリアであって、私のじゃない。

私が動くのは、「〇〇をやっていると面白いよ」という感想によってだ。
成功本を書いている人の冷静な言葉ではなく、成功している最中の楽しさを書いてほしいと思う。
そうすれば自分だって動きたくなる。

そう。私の疑問は「成功するって楽しいの?」ということなのである。
みんな前提として「成功したい」とか思っているけど、ハウツーを続ける気にならないのは、心のどこかで「これで成功するの?」と思うからだろう。
それって、ハウツー本を買った自分にとって「失敗」ではないだろうか。

その成功本を読んで、いつまでもワクワクして、ずっとその「世界観」を楽しめるのなら、それが成功だと思う。

ずっと枯れない面白さ、いつまでも期待以上のものを感じさせるものを得ることが、私にとって成功だと思う。

最近読んだ本のタイトルで「読みたいことを、書けばいい」というものがあった。
その本の中で、「趣味とは、手段が目的化したもの」とあった。

私にとって目的という言葉は無味無臭だ。しかし、手段にはロマンを感じる。
それが目的化するということは、2つの側面があるだろう。
一つには、目的側に引っ張られて、手段がつまらなくなることだ。
だがもう一つ、目的が手段側に引っ張られて面白くなるのではないだろうか。
前者は「好きなことを仕事にすると、それが面白くなくなる」ということ。
つまりは「目的=他者に役立つこと」ばかりに引っ張られ、他者に合わせることになる。
しかし後者は「好きなことをやっていたら、それが仕事になった」ということ。
つまりは好きなことをしていたらそれが「目的=他者に役立つこと」になったということ。

何が言いたいのか。
好きなことが仕事になってつまらなくなるのは、他人に自分を合わせるから。
好きなことが仕事になっても面白いと感じるのは、他人に合わせるのも面白いから。

ウケ狙いで「これが面白いんでしょ?」というスタンスでやっても、自分が楽しくない時点で成功していない。
「これが面白いんだよ!」と思ってどんどんやって、自分にウケているほうが楽しいから、それは成功だと言える。

客観性なんていらない。法則性なんていらない。
大事なのは自分が面白いと感じること。それに出会い続けること。
他者に伝えることも目的じゃない。伝えたほうが楽しいから伝えるんだ。

私にとって成功とは、楽しいことが続くこと。
自分が楽しいと感じることが、自分のうちでは抑えきれなくなって、溢れてきて他の人に伝えたくなる。伝えるときも楽しい。面白い。そういった気持ちが相手に伝わるともっと楽しいしうれしい。

つまりそのうち、伝えることも趣味になる。相手の役に立つことも趣味になる。

始まりは自分が楽しいと思うことをどんどんやること。
そこから派生して楽しいことが広がっていく。
やがては他人の役に立つことさえ楽しくなる。

夢ってなんだろうか、と問われたなら、私はこう答える。
「夢とは今の自分が面白そうだと思うことを、やっている未来の自分のこと」
夢の中では自分が主人公だ。
夢中になればいい。
夢が大きくなれば、あらゆることが楽しくなるのだから。

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