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考える部屋#1 【実験】唐辛子と油の刺激的な関係

ここ500年くらいの間、世界中で大流行している唐辛子について実験をしてみたのでここに記します。

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事の経緯

カレー好きが集まる「🍛カレーのオープンチャット🍛」というオンラインコミュニティを運営しているのだが、人数が増えてくるとどうしても話題が流れていってしまう。中にはもっと深堀りしたい話題や議論したい話題があるのに別の話題に変わってしまい、MOTTAINAIと思うことがあった。


そこで、より深くカレーのことを考えたい人を集めて「カレーを考える部屋」(通称ガチ部屋)というのを始めてみた。投票で週のテーマを決めて、その週はそれ以外の話題は禁止となる。


投票の結果、第一回の議論テーマは「カレーにおける油と温度」ということに決まった。油かあ。考えたいことは色々と思い浮かぶ。


まず、カレーにおける油の役割とはなんだろう?と考えたときに、他にもあるかもしれないが、「高温調理の実現」と「スパイスに含まれる脂溶性の香り成分の抽出」という二つを上げられるのではないだろうか?

「高温調理の実現」とは、水を入れてしまうとどうしても鍋の中の温度は100℃を超えられないため、調理工程でそれ以上の温度を得るために油を使う、ということ。
また、「スパイスに含まれる脂溶性の香り成分の抽出」ということだが、主要なスパイスの香味成分は脂溶性のものが多く、油で加熱することでスパイスから成分が抽出される。さらには香りが油に溶けこむので揮発しにくくなり、香りがキープされるということが良く言われる。


他にも、カレー作りで油を使うのは主に最初と最後の二通りがあるが、この二通りの方法でそれぞれもたらす香りの印象が異なるのはなぜなのか?というのも興味深いテーマだ。
経験として、スターターでホールスパイスから油に香りを移すと、奥深く全体に行き渡るような香りというか、一口の終わりに鼻から抜けるような香りになる。対して、最後にスパイスを加熱した油をカレーにぶっかけると、最初に鼻に入ってくる、刺激的な鮮烈な香りになる。

などなど色々と考えたい問題は浮かんできたのだが、話の流れで「スパイスの加熱による香気成分の変化」を各々調べて実験してみたら面白そうだよね、ということになり自分は唐辛子に関しての実験を行うことになった。

実験によって明らかになった各スパイスの活かし方を踏まえてカレー作りを考える、というのは別記事でまとめる予定なので、今回は自分の実験した唐辛子について書き残します。


↓他の方の記事はこちら。どれも大変面白いです!!↓


 


唐辛子の予備知識

今をときめくスパイス、唐辛子。インド料理では唐辛子が多用されているイメージが強いが、インドでのスパイスラインナップにポルトガルから伝わった唐辛子が加わったのはつい500年くらい前の話で、それまではインドでは辛みをつけるために黒胡椒とナガコショウを使っていたというのは有名な話だ。

唐辛子の辛み成分はご存知カプサイシンである。カプサイシンは生の唐辛子で重量の0.02〜0.2%、乾燥唐辛子で0.1〜1%程度、とかなりの量が含まれているようだ。カプサイシンは主に種子の周り、胎座の部分で作られるため、果皮よりも中を割った白い部分が最も辛く感じる。水には溶けにくく油やアルコールには溶け出しやすい。

カプサイシンの辛味は味覚ではなく、生物として危険なものを食べているという痛覚として感じられるものであるが、痛みや疲労を和らげる脳内麻薬(エンドルフィン)が分泌されるために快感となり、病みつきになってしまう。また、この危険な物質を早く体外に排出しなければ!という体の働きにより消化作用も促進される。おまけに副腎からアドレナリンが分泌され、脂肪燃焼効果もあるという。ビタミンCもたくさん含まれているし、唐辛子、お前って実はすごいやつなんだな。かわゆいかわゆいよ〜。



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(家で栽培を始めた唐辛子)

辛味のことばかり触れてきたが、唐辛子というのは油で加熱してやるととてもいい香りがする。カプサイシンの沸点は210-220℃らしいので、じわじわ加熱している時は何か別の成分が香っているのだと思う。
中華料理では唐辛子の香りのテイスティングの技法がすでに確立されているらしく、さすがとしか言いようがない。中国4000年の歴史。いや、唐辛子はまだ500年も経っていないと思うが。。。


というわけで、唐辛子の実験。主な検証内容は下記ですが、まあとりあえずやってみたという感じです。

唐辛子の乾煎りと油を使った加熱での香りの違い
・ホールとパウダーでの香りの違い


実験①

まずは他の人の行った実験となるべく条件を揃えて実験を開始。

唐辛子は材料の入手しやすさ、実験の再現性の観点から、スーパーで買ったハウス食品の鷹の爪(中国産)と一味唐辛子を使用した。

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方法】
鷹の爪ホール一本、一味唐辛子小さじ1をアルミホイルで作った容器に乗せ、小さじ1のアマニブレンド油を加えてオーブントースター余熱なし1000Wで2分間加熱した。同様の条件で油を添加しないものも用意し,芳香や風味,色調を比較した。
以後4検体を区別するためにそれぞれホール、パウダー、ホール油、パウダー油と呼ぶ。

結果①

<加熱前>

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<加熱後>

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・唐辛子を加熱したときの香ばしい香りは油のあるなしに関わらず感じた。香りの種類の違いは感じない。過熱後すぐの香りの強さはパウダー油>パウダー>ホール油>ホールの順番。
・ホールの方は、油がないと裏側まで満遍なく黒くなってしまうが油に浸っていた部分は焦げなかった。短い時間での加熱のため、油の温度がそこまで上がりきらなかったと思われる。(オーブン1000Wだと、おおよそ200℃付近まで温度は上がるらしい。)
・パウダー油入りは焦げてアルミホイルと一体化してしまった。
・ホールの油を舐めてみたが辛味は感じない。対してパウダーの方に入れた油は赤い色が染み出していて、舐めてみると辛い。
<30分後改めて香りを嗅ぐと>
・30分後でもちゃんと香りが残っているのは4種類の中でパウダー油だけ。
粉唐辛子油なしは冷めたらかなり香りが弱まる。
・ホールは油あるなしにかかわらず時間が経つとほぼ香りは立っていない。

考察①

・短時間の加熱では唐辛子の色素が完全には破壊されず、ホールの方は成分が抽出されなかったものと思われる。
・粉砕してあるパウダーは充分に組織が破壊されていたため、比較的短時間の加熱でも油に成分が溶け出したのではないか。
・温度が高いうちは全て香りがあったが、30分後の冷めた状態では、油に香り成分がうまく溶け込んだパウダー油しか香っていなかった。油が香り成分を捕集する役割を果たしていると考えられる。


一回目の実験では色々と疑問が残ってしまった。パウダーはオーブンではすぐ焦げてしまうし、油でパウダーを加熱するということはあまりしない。

ホールの状態とちぎった状態で、弱火でじっくり加熱したらどうなるだろうか。時間を長めにとって追加実験を行った。


実験② 弱火

方法】
ホールそのままと3つに指でちぎった鷹の爪の2種類を用意し、アルミホイルで作った容器に乗せ、小さじ1のアマニブレンド油を加えて余熱なしオーブントースター500Wで加熱した。2分、5分、8分...と加熱時間を追加し観察した。
同様の条件で油を添加しないものも用意し,芳香や風味,色調を比較した。
以後4検体を区別するためにそれぞれホール弱、ちぎり、ホール弱油、ちぎり油と呼ぶ。


<ホール、ちぎりの加熱前>

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結果②

2分
・ホール弱、ホール弱油は油の有無に関わらず、ほとんど香りに差はないが、ホール弱は少しすっぱいような香り(唐辛子の臭み?)が少し強まった。色も変化なし。
・ちぎりは2分で表面が少し黒くなった。ちぎらないホールの状態の方が香りが強かったように感じた。
・ちぎり油はほとんど色づいていない。油を舐めてみると少しだけ辛く、黄色い程度に油に色素が出ている。

<ちぎり油2分加熱後>

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積算5分
・ホール弱、ホール弱油は両方ともすっかり表面が黒いが、裏側はまだ少し赤い。
・油ありの方が甘いような香ばしい香りがする。油には色は出ず、舐めても辛くない。
・ちぎりは焦げた臭い。ちぎり油は香ばしさとうまみに加えて、甘いような香ばしい芳香を感じる。油の赤みが増していて、舐めてみると辛い。

<ちぎり油5分加熱後>

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積算8分 
・ホール弱、ホール弱油は両方とも裏側まで真っ黒。
・ホール弱油、浸っている油に辛味は出ていない。
・香ばしい芳香があり、扉を開けた瞬間に激しくむせる。成分が揮発しているのだろうか?香ばしいを通り越した焦げ臭がある。焼き芋の焦げた皮の臭い。
・油ありの方が若干甘いような香りがある。
・ちぎりは完全に焦げている。香りはホールの時と変わらず焦げた香りと、唐辛子本来の臭みなのか、何かひねたような臭いが残る。
・ちぎり油は香りが強くかなり咽せる。油が赤く、香ばしく食欲をそそる香りがするが、焦げている。

<ちぎり油8分加熱後>

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積算10分 
完全に焦げた。香りも焦げ臭に変わってしまっている。かじってみると焦げ臭く、辛い。ホール弱油、油に色も出ていないし辛味もない。
焦げたので実験終了。
実験30分後
・ホール弱の方は、果実のような、ひねたような臭みがある。
・ホール弱油は焦げ臭以外、あまり香りが残っていない。
・ちぎりの方は、果実のような、ひねたような臭みがある。(ホール弱と同じ)
・ちぎり油はホール弱油とちがい、いい香りを保ったまま。


考察とまとめ

・1000Wの高温で加熱した時は2分で黒焦げになってしまったので気づかなかったが、唐辛子の臭みは油を入れずに加熱すると強まるらしい。デリーのカシミールカレーも元々は唐辛子の臭みを消すために考案されたという話が公式サイトに載っている。 
・組織に傷をつけないホールのままだと、どんなに長く油の中で加熱しても色と辛味は油に抽出されなかった。軽くちぎっただけでも油には色と辛味が抽出されたので、辛くしたくない時はホールのまま、辛みを出したい時はちぎる、というコントロールができそう。しかし、ちぎった方が香り成分も多く抽出されるのでより香ばしくなる。
・いざ実験してみると、自分の香りに関するボキャブラリーが貧弱なことに気づいた。
・香りをかぎ、油を舐めてかなり喉がやられた。カプサイシンは実際劇薬なので、くれぐれも取り扱いには注意が必要。


わかり切った結論かもしれないが、唐辛子の香りが最も引出されるのは、ちぎった上で油を入れて弱火加熱し、焦げる寸前の3〜5分程度の時、だということが言えそうだ。


また、油は香りの捕集効果があるので油を使った方が香りが長持ちする。カレーとして煮込んだときにどの程度揮発されずに残るのかは今回の実験ではわからなかったので今後の課題としたい。

自宅で料理を作るときに普段鷹の爪は使っておらず、インドのお土産で買ったByadgi Chilliというのを主に使っている。唐辛子の種類によっても辛さや香りの出方は全然違ってくるので、料理によっての使い分けなどはそれぞれで探って行くしかなさそうだ。


参考文献:
『トウガラシの世界史』(山本紀夫)中央公論新社、2016年


おまけ:唐辛子で出汁をとる

唐辛子はアミノ酸が豊富なので、実験で使った唐辛子と塩、コリアンダーパウダーで出汁をとって雑炊にしてみた。かなり旨味が出ていてウケる。

最近ブログでとうがらしの観察日記も書いています。約10日ごとに更新しています。



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