[旧版]平沢進は無害か
追記(2024-06-23):本稿の改訂版である「新・平沢進は無害か」(下記リンク)を公開しました。ぜひご一読ください。
平沢進の有害無害論争
2024年4月、いわゆる馬骨(平沢進のリスナーの呼称)界隈でとあるインフルエンサーのポストが波紋を呼んだ。
リスナーの間では、平沢の音楽は中毒性が高くネタ的に有害であるとの意見が見受けられたが、平沢の政治的発言を加味して有害であるという言説も散見された。平沢自身も、下記にみられるように恐らく自身の楽曲が無害であるとは思ってはいないであろう。
私も平沢の政治的発言に関しては疑問を呈している。作品と作者はわけて考えるべきであるとする考え方もあるが、平沢の場合は、作品自体その思想が色濃く表れているため悩ましい。例えば、平沢の最新アルバム『BECON』は陰謀論的思考なしに聞くことはできない。人を奴隷として従属させるZCONとそれを打ち砕くBECONなる二律背反の理論は陰謀論の典型的なそれであろう。
考察~平沢の政治的思想に係る陰謀論~
9.11以前の平沢
平沢がもとよりきな臭い思想の持ち主であることは言うまでもないだろう。思えば平沢は80年代~90年代にユング趣味に傾倒している。90年代は初頭にバブルが崩壊したことで80年代のとにかく明るいという空気感の疲弊から自己や他者の内面的なものが主流文化になり、心理主義が蔓延した。また、90年代はオカルトブーム・スピリチュアルブームが沸き起こった時代でもある。平沢の同時代の歌詞には神話的・仏教的用語が用いられており、平沢自身もスピリチュアルと多少は接触しているであろう。しかし、この時点では平沢はまだスピリチュアルに留まるのみであって、平沢自身もスピリチュアル的なものに対し「これは音楽のプロセスの為ですから、私の立場を既存的なカテゴリーや集団主義的な話と一緒にしないでください」と発言している。
9.11以降の平沢
9.11(アメリカ同時多発テロ)以降、平沢は歌詞に政治性を盛り込み始める。2003年に配信された「殺戮への抗議配信」ではイラク戦争への抗議が主たる内容となっている。
また、いわゆる「ディストピア3部作」の1作目のアルバム、『BLUE LIMBO』(2003)もその典型である。しかし、ここで主軸にあるものはあくまで反戦への意思表明である。イラク戦争への意見はさまざまなのでここでは深く立ち入らないが、平沢の「殺戮を許すまじ」という態度は一般の価値観からも首肯しうるものである。
思想の転機
だが、核P-MODELの最初のアルバム、『ビストロン』(2004)では、真の世界である「ビストロン」と、誤った世界である「アンチ・ビストロン」という二項対立をテーマとし、ジャケットタイトルは豊国文字で書かれている。このアルバムが、これまでの平沢の作品とは性質を異にすることは自明であろう。平沢進がスピリチュアルから陰謀論へと堕ちた瞬間である。豊国文字は漢字が日本に伝わる前に存在した日本固有の文字とされる神代文字の一種であるが、神代文字自体は江戸時代に創作された偽書であるとされ、いわゆる陰謀論とされている。
その後の平沢は『点呼する惑星』、『гипноза (Gipnoza)』などにみられる、この世は「悪意」、「不整合」に満ちており、ある巨大な組織により人々は隷属し搾取されているといった陰謀論を展開していく。
平沢進とQアノン
さらに平沢は、「政財界とマスコミを中心に世界は小児性愛者の集団によって支配されており、悪魔の儀式として性的虐待や人食い、人身売買に手を染めている」という陰謀論を吹聴するQアノンへも傾倒していく。
アドレナクロム(アドレノクロム)とは、実在する薬品だが、Qアノン信者の間では、誘拐した9歳以下の子供を虐待することで子供の脳内で分泌される物質が原料である若返りの薬とされている。
Qアノン信者は、過激発言を取り締まるTwitterやFacebookの代替として、「言論の自由を守る」という方針で投稿されたコンテンツの検閲を行わないとしている「Parler」というSNSにアカウントを開設しはじめた。例にもれず平沢もParlerにアカウントを設置したのだが、このParlerではトランスフォビア(トランスア差別)が蔓延していた。平沢はかねてより「SP-2」と呼ばれるトランス女性をLIVEに出演させたり、彼らの写真集を出版したりとトランスジェンダーへの理解が深いかのように見えた。平沢のこの態度に感銘し、平沢のファンになったトランスジェンダー当事者も少なからずいただろう。トランスジェンダー当事者からは、平沢がParlerにアカウントを設置することに懸念を抱き、Parlerへのアカウント設置を再考するよう平沢にリプライを送られた。そのようなリプライを受けての平沢の反応は以下である。
読者諸君は何を思っただろうか。その後平沢はリプライを飛ばしたファンをブロックした。
(この点、以下の記事が参考となる。過激なタイトルではあるものの、その内容はあまりにも素晴らしく平沢進のリスナーは一読されたし。)
「ネオナチ」発言
平沢の「ネオナチ」発言がやや炎上したことは記憶に新しい。
ここで平沢がウクライナのことを「ネオナチ」と発言したかどうかは直接には語られていないためその点には留意が必要であるが、プーチン大統領がウクライナを「ネオナチ」と呼んだ経緯も踏まえると平沢の発言には批難の余地がある。(アゾフ連隊云々に関しては真偽が定かではないため立ち入らない。)
以下、「ネオナチ」発言に関連する発言前後の平沢のポスト。
平沢進の影響力
このような平沢の発言は明らかに平沢に熱狂的な「馬骨」たちの思想に影響を与えている。例えば、平沢の「ネオナチ」発言前後での、(やり玉に挙げるようで申し訳ないが)とある熱心な「馬骨」のアカウントの発言を見てみたい(プライバシーの観点から当該アカウントのユーザー名・アカウント名は伏せる)。
この思想がいいか悪いかは置いておくが、あまりにも(平沢風に表現するのなら)グロテスクな思想の変化がここに現れている。無論、彼・彼女なりにウクライナについて調べた上での発言の変化であるのかもしれないが、当該アカウントの特性上、平沢の「ネオナチ」発言に一定の影響を受けた可能性も十二分にある。彼らの倫理は平沢進に依存してしか判断しえないのだろうか。
だが、日本国憲法は19条において思想・良心の自由を保障しているため、平沢がどのような政治思想を持とうが我々(国も)に口出しする権利はない。また、平沢に政治思想に対してどのような意見を抱くかも自由である。平沢の上記の発言も平沢が主張行為を行っているのみであって人々に損害を与えたわけではない。社会一般においては有害とされる思想であっても、実害がなければ(平沢の上記発言が「差別」になるかはおいておくにしろ)その規制も難しい。
そこで、問題となるのはその思想が外部行為を伴い、人々に損害を与える可能性がある場合である。平沢においては似非科学がその例であろう。
考察~平沢の似非科学に係る陰謀論~
物質X
ここで平沢が言う「物質X」とは「ミラクルミネラルソリューション(MMS)」というものである。MMSは約28%の亜塩素酸ナトリウムを含んだ水溶液であり、クエン酸を混ぜることでアルツハイマー病・自閉症・HIVなどの治療・予防に役立つと言われている。平沢も、MMSによってニキビや口内炎、潰瘍性大腸炎が治ったと語っている。勘のいい方はお気付きかもしれないが、MMSを摂取することは塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウムが主成分)を摂取するのと同然であり当然に健康被害が懸念される。実際に嘔吐、下痢、脱水などの症状を起こすことが報告されており、最悪の場合、急性肝不全の症状が出るケースも報告されている。米食品医薬品局(FDA)や厚生労働省も承認された医薬品ではないと注意を促している。(https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/kojinyunyu/050609-1.html)
この物質を平沢のみが摂取するにとどまるのなら、もし健康被害が発生しても平沢自身にしか影響せず問題もなかろう。しかし、あろうことか平沢のこの発言を受けて実際に摂取してしまった人がいるようだ。
(この点、名取宏,(2011-01-31), 平沢進と物質X(ミラクルミネラルソリューション), https://natrom.hatenablog.com/entry/20110131/p1#f-33c7e1d8 が詳しい)
平沢が善意でこの物質を勧めたとしても、「その善意が、ときとしてどのような結果をもたらしうるか」、平沢自身は考慮したのだろうか。平沢は「Jateひれ伏す」にてMMSの安全性の問題を権力の問題へと飛躍させている。これは下記引用のような陰謀論者が使う論法に近い。
平沢は上記の発言に対する批判を受け、以下の理由で「Jateひれ伏す」を非公開にした。
この点に関しては、名取氏の ”「一つの世界観を示そうと試みているだけ」「これからオモシロイことを話してやるから、後は自分で考えろ」というのは、単に責任逃れに過ぎない"、"選択の自由を保障することは、誤った情報を流布することの免罪符にはなりません。誤った情報を公開すれば、批判や反論を受ける。当たり前のことです。"という指摘がもっともであろう。
なお、MMSに関して、一応平沢サイドからこのような注意書きは添えられていた。
医療陰謀論
このような「医者が病気を生み出し、医者は本来助けられる命を無駄に奪っている」という陰謀論は、コロナ禍において「ワクチンにはマイクロチップが入っており、それに医者が加担している」と主張する人々の間にもみられたものである。確かに医療関係者の中には悪徳なものもいるだろう。しかし、ほとんどの医療従事者は、倫理と科学に基づいて(ヒポクラテスの誓いなど)患者の健康と安全を守るために日々努力している。
また、医療機関は大抵の場合、データの透明性を確保するために報告のプロセスを設けている。例えば、日本では臨床試験の透明性を確保するために、倫理審査委員会(IRB)の審査や臨床試験登録(jRCT)といった制度が設けられている。また、感染症報告システムや定点観測システムを通じて、感染症の発生状況が迅速かつ正確に報告されている。さらに、医療事故報告制度や副作用報告制度によって、医療事故や薬剤の副作用に関する情報も適切に収集・公開されている。
平沢が医療従事者に対する非常に偏った陰謀論的な見方をするのであれば、平沢にもそれ相応のエビデンスの説明が求められる。具体的な事例や証拠を示さずに医療従事者全体を非難することは、社会全体の不安を煽り、公衆衛生に悪影響を与える可能性があることを平沢自身も認識すべきである。
東日本大震災人工地震説
ここで平沢は「3.11」、東日本大震災のことを「事件」と表現している。この事件という表現には、何者かの作為的行為によって地震・津波が引き起こされたという意味を含有していると考えることもできる。
人工地震説を唱える者は東日本大震災の地震波形が通常の自然地震と異なり、人工地震を示す特徴があることを証拠に、掘削船ちきゅうがプレート地点に核兵器を設置し地震を発生させたまたは、アメリカが核兵器を設置し地震を発生させたことを主張する。
もちろん、デマであることは読者諸君も分かるだろう。東日本大震災は多くの前震と余震を伴っており、これらはプレート境界での蓄積された応力が解放される際の典型的な自然現象である。東日本大震災で観測された地震波形は、典型的な自然地震のP波、S波、表面波の特徴を示している。また、掘削船ちきゅうは地震発生時刻にプレート付近を航行していないし、そもそも巨大な爆発物を海底深くに設置し、精密に爆発させるは現代の技術は極めて困難である。
このようなあからさまなデマに引っかかる平沢など見たくもないのだが、これが現実である。
さらに平沢はイルミナティカードゲームと震災を結びつけるありきたりな陰謀論も唱える。
イルミナティカードは、1982年にスティーブ・ジャクソン・ゲームズ社から発売されたカードゲームで、その中には様々な出来事を予言するかのように解釈できるカードが含まれている、と陰謀論者のなかでいわれている。
陰謀論者は、イルミナティカードの中に「Tidal Wave(津波)」と「Nuclear Accident(原子力発電所の事故)」の2枚のカードがあり、これらは東日本大震災を予言していたと言う。この2枚のカードを逆にすると「311」の数字が(一応)浮かび上がるらしい。まさに平沢の言う「311と書かれたカード」がこれであろう。
ここまでくるともはや滑稽であるが、多くの方が亡くなった震災をこのように陰謀論と結びつけ、ネタとして消費するという行動はあまりにも下品である。大勢の人々が戦火によって焼き尽くされる現状を憂い、反戦を表明したあの平沢進はどこに行ってしまったのか。(ちなみに平沢はアメリカ同時多発テロ事件陰謀説も示唆している。)
気象兵器
このポストがされたのは2016年5月12日で、同年4月14日、16日は熊本地震が発生している。熊本地震では「HAARP」という米国の「高周波活性オーロラ調査プログラム」が地震を引き起こしたというデマが広がった。(実際、熊本地震で倒壊した住宅や市役所庁舎に「キャハーHAARPで全壊も少しだったネーでも落書き報道は出来ましぇん だってポチモン放送局だし~ 666」と落書きした会社員の男が逮捕されている。)説を信じる人たちはHAARPは強力な高周波エネルギーを放出できる気象兵器であり、世界中のどこでもピンポイントで照射し、地震を引き起こすことができるとする。無論、この説は、高周波エネルギーは人間がコントロールできるようなエネルギー量ではないので、科学的に否定されている。平沢の言う「気象兵器禁止条約」は環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約のことを指していると考えられるが、この条約では人工的に地震を発生させ、軍事的に利用することを禁止している。平沢の、条約は「破られた」という表現は、何かしらの災害が人工的に引き起こされたということにつながる。このポストが本当に熊本地震を揶揄しているのかは不明であるが、考察の余地もあるだろう。
むすびにかえて
以上にみてきたように、平沢進は無害ではないというのが私の結論である。特に医療方面における平沢の言説はほとんど全て信用に値しないと言っても過言ではない。平沢は基本的に善意に基づいてこのような発言しているであろう。だが、仮に平沢が進める治療法にて健康被害が出たとしても、平沢は何も責任を取ってくれないのである。
昨年開催されたHYBRID PHONON 2566 東京公演のメモリアルパッケージカードに収録されている映像、『毛細光管』においても、現代医療を揶揄し、平沢が独自の治療法展開するような場面があった。(著作権法上の観点から引用はしないため、各自で確認していただきたい。)
私は平沢の音楽性は好きだし、今年開催されたHYBRID PHONON 2566追加公演にも参加した。今後出されるギター・アルバムももちろん購入する予定であるし、これからも平沢を聞き続けるであろう。しかし、平沢進の曲を聴くということは、平沢進の有害性とも付き合っていく必要があることを認識しなければならない。
平沢進に関して、インターネットにおいては称賛する声が圧倒的に多く(平沢のポストのリプライ欄がいい例である)、平沢が問題発言を行っても、「元からそういう人だから」と一蹴されてしまう節があった。
しかし、平沢を批判的に見ることも重要である。
平沢の発言をうのみにすることなく自身で解釈し、賢明な判断をされたし。