見ててくれ その1
僕の周りに、自称〈見える人〉というのが何人かいる。
A君もその一人だ。
A君はいわゆる引き寄せ体質の持ち主で、
選ぶ遊び場、お気に入りの居酒屋、職場なども、
わりと高い確率で「一人は」見えるという。
見えるといっても、
はっきりと人の形をしていないことの方が圧倒的多数だ。
その多くは、嫌な感じを覚えるモヤのような姿だという。
それでも決していい気はしないし、
そうそういつも相手をしていられないとA君も思っているので、
A君から〈見えるもの〉について干渉することはほとんどない。
多くは、気づかないふりをする。
向こうも気づかないこともある。
それでも向こうから気づいてこられた場合があり、
そんなとき彼は努めて無視をする。
感情移入していいことなどあるはずがない。
前述の通り、職場でも見えることがある。
これまでにいくつか職を変えてきたが、
60%くらいの確率で〈見えるもの〉と出会う。
2つ前にいた会社は、ひどかった。
何しろそれが原因で、
A君は入社後たったの3日で辞めなければならなかったのだ。
その会社のオフィスは、
東京都内某所の40階建て高層ビルの17階にあった。
A君があてがわれたデスクは窓際。
すごく眺めのいい席だった。
そこからの景色を眺めながら弁当を食べるのは最高だろう、
とA君は思った。
だが浮かれていられたのも入社初日の午前中までだった。
最高の景色を見ながら弁当を食べ、一服して、
午後の業務に入ってまもない時だった。
A君はパソコンの画面に意識を集中していた。
と、窓の外を何かがよぎった。
上から下へ。
そこそこの大きさだった、ように思える。
(――まさか)
胃が突如として痛み出した。
A君はがっくりとうなだれ、
肺の中の空気をすべて吐き出すような大きなため息をついた。
A君は窓の外を見た。
窓には、
天井から床まである大きな一枚ガラスがはまっている。
A君が見ている側、
つまりA君の席のそばにある壁面は、
端から端まですべてガラスだ。
だからこそ都会の景色が一望できて良いのだが。
そしてそのガラスの外側には、
幅1メートルほどのコンクリートの出っ張りが、
床と同じ高さでせり出し、
ビルを一周ぐるりと取り巻いている。
そこを足場にして、
スーツ姿の男が外側を向いて立っているのだ。
高層ビルの17階である。
A君が男の背中を見た。
と、男はくるりと振り返る。
泥水のような顔色だった。
<つづく>
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