見出し画像

何のために、の家 その1

幽霊屋敷の話ではない、念のため。


僕は30年近く昔、
和歌山のとある山中で妙な家を見たことがある。
山中、といっても分譲されている場所だ。
緩やかな斜面を山の頂上に向かって車で走っていた。
友達と4人。僕は助手席に乗っていた。
道中にも“〇〇台”みたいな、
いかにも最近拓けましたという分譲地がちらほらあった。
しかしそこは、
そういった分譲地よりぐっと山の中にあったのだ。

鬱蒼と茂った木々の狭間に隠れるように、
その4戸だけの分譲住宅は存在していた。

どの家も新しい。
だからこそ異様だった。
4戸すべて空き家なのだ。
清潔感のある真っ白い壁に、
何か言い知れぬ凄みを感じた。

とはいえ真昼間のこと。
男が4人いるので恐怖感はなかった。
若さゆえの怖いもの知らずの大バカな僕達は、
車道沿いに車を停め、
中を探険することにした。


車道から垂直に家2軒分の長さの道が伸び、
その道沿いに2戸ずつ、
計4戸が向かい合って建っている。

周囲は林である。他に何もない。
近くのスーパーまで、車で30分くらいかかる。
ますます変である。


4戸すべてに“売り物件”の立て札があった。
もちろん玄関のドアは施錠されている。
しかし友達の一人が発見した。
車道から見て右奥の家だけ、
勝手口の鍵が開いているのだ。
僕達は喜び勇んで中に入った。

だがまあ当然のように、大した発見はなかった。
家具は一つも残されていなかったし、
きれいに掃除されていてチリ一つ落ちていない感じだった。
ただ一点、リビングを除いては、の話である。
リビングは異様そのものだった。


広さは12帖くらい。
大きな窓があり、室内は明るい。
フローリングは白に近い色で、壁も白だ。
その壁一面に、
A4の用紙が貼り付けられていた。

用紙と用紙に隙間はなく、
天井から床まで、
ドアと窓を除いてびっしりと貼られているのだ。

特筆すべきは、
その用紙に書かれていたものだ。
迷路だった。
クロスワードパズルの本などによく載っている、
あの迷い道が書かれているのだ。


最初、
パソコンか何かで書かれて、
プリントアウトされたものだと思った。
でもよく見たら違う。
油性ボールペンで書かれている。
つまり手書きだ。
だからところどころはみだしたり、
線が曲がったりしている。

迷路の道幅は、3ミリくらい。
道幅3ミリの緻密な迷路が、
A4の用紙一面に書かれている。

しかも。

部屋中に貼られている用紙をよくよく見ると、
書かれている迷路はすべてパターンが違うのだ。
数100枚の手書き迷路が、
壁にびっしりと貼られたリビング。

誰が。何のために。

そう思った瞬間、腰が抜けそうなほど恐ろしくなった。

実際、自分達の指紋が残っていないかも気になったほどだ。
僕達4人は逃げるようにその場を後にした。
好奇心からの不法侵入など、
絶対にすべきではない。


僕の話は以上だ。
後輩のEさんの話はもっとすごい。
彼女もまた、
わけのわからない不気味な家と出会っている。
<つづく>



この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?