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近況:2月

衰弱/テレビ/短歌

なんか最近すごくだめだ。いや、まあ僕はずっとだめだとかだるいとか言ってるんだけど、今回はちょっと違う気がしている。
おそらく毎年冬は調子が悪いのと、本を出した後は虚脱状態になるのと、あと加齢による衰弱が3つ重なってしまったせいで、落ち込みがひどい状態になっている。
何より文章を書いたり読んだりするのがかなり億劫になっている。僕は書いたり読んだりするのが基本的な楽しみだったので、それがなくなったら何をしたらいいのかよくわからない。『人生の土台となる読書』を書くために本をたくさん読みまくったので、その反動というのもあるとは思うのだけど。だるい。


しかたないので最近はテレビをなんとなく見たりしている。18歳のときに実家を出てからテレビを見なくなったので、テレビを見るのは20年ちょっとぶりだ。芸人がネタをやったりする番組をよく見ている。
テレビはパソコンに比べて決まった時間に見ないと見れないのが嫌、問題外、と思っていたのだけど、今はTVerでかなり見れることを知って見るようになった。
出ている芸能人の名前も最初は全然知らなかったけど、見ているうちにだんだん覚えてきて、知っている人が増えるとだんだん楽しめるようになってきた。
最初は本当にダウンタウンくらいしかわからない、というレベルで、最初に見始めたのはアマプラでやっている『ドキュメンタル』だった。『ドキュメンタル』はいかにも吉本的な仲間内のパワハラっぽさみたいなのが最近はしんどくなってきたけれど、それなりに楽しみつつ見てきた。
そのあとは、毎週いろんな違う芸人が出てくる『あちこちオードリー』とか『相席食堂』を見るようになって、見ているうちにいろんな芸人の名前を覚えていった。『M-1』や『キングオブコント』などの賞レースも見るようになった。
今は大体どんな芸人もYouTubeをやっててそこで見れるのもいい。テレビだといろんな人と競い合わないといけないけれど、個人のチャンネルだとリラックスして喋ってる感じで安心して見れる。
テレビ見てるとか、普通の人っぽいな、昔の自分からしたらつまらなくなってしまったな、と思う。でもまあいい。一人暮らしをするときのコンセプトは「普通の生活をしてみる」だった。


そんな感じで最近文章を読む気がしないのだけど、1月に京都に行ったときにふと古本屋で『ねむらない樹 vol.2』を手にとったのをきっかけに、短歌なら読めるということに気づいた。
それで最近は短歌の歌集ばかり読んでいる。短歌を集中的に読むのは20年ぶりくらいだ。読んでると自分でも作りたくなるので、コツコツ作ったりもしはじめた。
短歌を作っていて思うのは、まだ自分の作風が固まっていないな、ということだ。そこそこ悪くないのはできたりするけれど、それぞれ自分が影響を受けた、穂村弘ぽかったり枡野浩一ぽかったり永井祐ぽかったりしていて、そのうちのどれが自分らしいものなのかわからない。
自分の作風、というのはどうやって固めるものなのだろうか。
エッセイなどの文章については、自分らしい作風、というのがなんとなくできている、と思っている。
それがどうやって固まったかというと、ブログだ。ブログにいろんな文章を公開して、その記事の反応を見て、反応がよかった部分を伸ばしてみる、という、そういう試行錯誤を何年も続けるうちに固まっていったのだ。意識的にやっていたわけではないけれど、PDCAを何百回も回しまくっていた。
文章の場合はいつの間にか自然とそうなっていたので、意識的に作風を固めるにはどうしたらいいか、よくわからない。まあとりあえず、たくさん作って、人に見せて反応を見る、しかないのかもしれない。


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