猫も歩けば
猫も歩けば…… 本に当たる!
書名は聞いたことがあるけど
まだ一度も読んだことのない本。
町の大きな本屋さんの文庫本売り場
青、赤、黄、緑に白、お洒落な岩波文庫
平積みされた新刊書にクルクル猫の目……ん?
『孝経・曾子(こうきょう・そうし)』
『孝経』って聞いたことあるよ。
チビ猫時代、先輩のワル猫が
教室の机を並べて、保健室から持ってきた
白いカーテンで覆って、その上に寝そべって―—
≪ 寝台白布、これを父母に受く
≪ 敢えて起床せざるは、孝の始めなり
”シンタイハップ” は
あっという間にチビ猫たちのお気に入り。
だれの言葉? どこで見つけたの?
物知り先輩猫はピーンとおヒゲを張って
「『コーキョー』っていう本に載ってるニャ」
📖
『孝経』
孔子と高弟の曾子(そうし)のやりとりを記した書だと知ったのは、
ずーとあとになってのことだった。
孔子……『論語』? 長っ!
そろえた両前足の上にクルっと巻いた尻尾をのせて(ネコの正座)
お説教を聞いてる感じ。ウットーシイ、カリカリ、まだ?
窮屈そうに並んだ漢字も、正座してる。
それにルビ無し(読めニャイ)読み下し文。
猫たちは後ずさり、のはずが―—
この春、2024年4月に第一刷が出た
『孝経・曾子』なら、ニャンだか読めそう⁉
『孝経』は、想像していたよりずっと短くて
扉をいれても50ページちょっと(ヤッター!)
その上、ここ数年、新しく出た岩波文庫の漢籍は
とっても親切。あっちこっち丁寧に振られたルビでしょ、
ちょっと太めのアラビア数字の傍注も見やすいし
何より、版面の ”風通し”がいい。
大学に入って一年目、どの教室でも聞いたのが
「書くものは、”風通し”をよくしなさい」
―— 一行目から最終行までびっしり文字を並べたら
息ができない。適当に行間を空けなさい。
―— ページの上下左右の余白も忘れずに。
学生猫たちは「風通し、風通し」と
おまじないのように唱えながら
ペタペタ、タイプライターを叩いていた。
末永高康 訳注『孝経・曾子』
文字と文字、行と行、段落のあいだを
風が吹き抜けていく―—
青い文庫本、
知のそよ風 ♡
📖
『孝経』の「孝」って?
訳注者の解説も、とっても親切。
曾子と彼に続く人々は
「孝」を愛と敬とに分けて考えた、と。
愛とは「相手のことを自分のことと同じように感じ取る力」
敬とは「他者を価値あるものとして認める」こと。
で、「孝は徳の本なり」
孝を忠に広げて国を治める「孝治」はきっと
理想の政治、ニャー。
そして「しんたいはっぷ」も
ちゃーんとありました。
冒頭の「開宗明義章第一」に、
寝台白布じゃなくって、 身体髪膚だったけど…...。
身は、胎に子を懐いた人の姿を象った文字(『字通』)。
からだは種々の思惟(おもい)を宿す知と情の器。
體って骨付きのお肉、いけにえ用?美味しそうー。
簡単に書けば、体
亻(にんべん)=ニンゲンに「本」なら
いまここに、確かに在る、とても大切なもの
わたしを支えてくれている、このからだ。
髪は、情念の、ときに美しく
ときに危うい形象(かたち)―—メドゥーサの髪は…蛇
晶子の歌にもあったニャ。
その子二十(はたち)櫛にながるる 黒髪の……
そして、膚。
触覚の受け手、触れ合いに不可欠。
触れていなくても、「ふれあい」
触れていてもいなくても、こころが通えば
「ふれあい」(電脳空間での「ふれあい」も?)
実際に触れ、触れられる皮膚は雄弁。
昔、歌舞伎の名女形が艶な場面を演じる前には
舞台のそでで両の手を氷水で冷やす、と
話していたことがあったけど―—
「なんと冷たい手 Che gelida manina」
大都会パリの屋根裏部屋で
貧しい詩人ルドルフォは出会ったばかりの
美しいお針子ミミの手を取って、自己紹介
ついでに、あの甘〜い旋律で、愛の告白。
プッチーニ(Giacomo Puccini, 1858-1924)の
オペラ『ラ・ボエーム La Bohème 』(第一幕一場)
髪や皮膚だけではなく
身体髪膚のすべて、このからだは
見える世界と見えない世界の境界に
そっと置かれた、一人ひとり異なる楽器、
八木重吉のあの「素朴な琴」のように。
📖
揚げるべき名もなく、
「孝」が「忠」になることもなく
DNAやミトコンドリアの絡まりが似ていても
いなくても、共に生きている、いまこのとき
『孝経・曾子』の終曲「曾子天円」が描く
陰陽五行の宇宙、壮麗なコスモスkosmosに。
息を吸って、息を吐く。
互いの温もりを確かめ合って
ほほえみを交わせば、それが
猫たちの「孝」の始まり。
「孝」? 猫語なら
シンプルに、愛 。
📖
きちんと揃えた両前足に
尻尾をクルっと巻いてのせ……
東アジアで世代を超えて大切にされてきた
書物ですもの、猫だって敬意を払って
いつになく緊張して読んでいたせいでしょう、
尻尾がしびれてきましたニャア。
父猫が用意してくれた猫つぐらに
母猫が仕立ててくれたお布団は
ふかふかお日さまの香り。
薄っすらと糊を支(か)った
白いシーツは、潔く
子猫、モミモミ大満足。
≪ 寝台白布、これを父母に受く
≪ 敢えて起床せざるは、孝の始めなり
🌾 🌾 🌾
目覚めれば、早暁
ネコジャラシたちに吹く風は
ほんのすこーし
秋の気配。