ひいひいおじいちゃんのトランクケース

わたしの部屋には皮のトランクケースがあります。
そこに宝物を入れています。
触るたびに「ぎゅ」と鳴きます。
中の布は破れていて、蓋の金具は片方閉まりません。
ひいひいおじいちゃんのトランクケースです。
わたしはあなたの顔も、声も、背丈も、好きな言葉も、知りません。

拝啓
ひいひいおじいちゃん様

窮屈な世の中です。
煙草は吸えないし、男だからって偉くないです。
都合の悪いものも受け入れてあげなきゃいけません。
「人間だもの」で許されない世界ですよ。

あなたはどんな生涯を過ごしましたか？
きっと、頑固な人でしたね。
ちょっと偉そうじゃないですか？
ご飯を作ってもらったらお礼を言ったらどうですか？
仕事は頑張りすぎじゃないですか？
弱音を吐く場所はありますか？
トランクケースくらいもうちょっと大切に使ったらどうですか？
ぽいって投げたりしてました？
あ、大事に使ってたならごめんなさい。
あと、煙草はやめた方が健康のためですよ。

あなたのことなんて何も知らないですけど。
あなたは奥さんから毎朝小ぶりな弁当箱を受け取って、大切にしまったんでしょう。
きっと大きな背中をしていたんでしょう。
あなたの可愛い孫と五年間だけ同じ世界に生きていました。
わたしをよく抱いてくれましたよ。
蓮の咲く公園をよく散歩したものですが、耳の後ろからする苦い匂いが嫌いで泣いた記憶があります。
あなたも苦い匂いがしたんですか？

あなたのことなんて何も知らないですけど。
あなたの愛が、生き様が、
形を変えて、輪郭を持って
今わたしの宝物を包み込んでますよ。
家族とのプリクラ、恩師と友人からの手紙、汗の染みた帽子、初めて好きになった人の名札、
あなたの魂はここで生きてますよ。
おかげさまでこっちは幸せです。
なんで安心してそっちで鼻くそでもほじっといてください。

敬具

孫の孫って玄孫（やしゃご）って言うらしいですよ。
あなたのおかげでまた一つ言葉を知りました。

会ったこともないあなたの玄孫　ニニコ