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ブラック・ジャックから、手塚治虫とフランス映画の関係を考える

こんにちは。あるいはこんばんは。
おしゃま図書です。

今日はちょっと手塚治虫と映画について。
たまたまこんな本を見つけたのです。手塚が観た映画やアニメについて書いたアンソロジーです。うちは歩いてすぐのところに図書館があるので、気になった本はとりあえず蔵書検索をかけて探すことにしているのです。

エッセイで知る、手塚治虫の映画鑑賞歴

これ読んでいると、マンガもアニメも好きだけれど、手塚治虫が映画も好きだったことが十分伝わってきます。息子が映画監督になったのもわかるわー。

ガッツリ仕事してたときのエッセイだから、文章にもキレがあるというか。一体この人いつ寝てるんだろうって不思議になります。で、映画の見方が面白いんですよねぇ。批評家のように映画を観るのではなく、「作り手」目線とでも言いましょうか、映画からイマジネーションが刺激され、それを自分の作品に昇華させているのだなぁ、というのを感じるんです。めちゃ貪欲。フランス映画についてもいろいろ語っています。

手塚的フランス映画のベストワンは『天井桟敷の人々』

①『天井桟敷の人々(Les Enfants du Paradis)』(1945年製作)
  監督:マルセル・カルネ


②『鉄路の闘い(Ka Bataille du rail)』(1946年製作)
  監督:ルネ・クレマン

③『望郷(Pépé le Moko)』(1937年製作)
  監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ


④『女だけの都(La Kermesse héroïque)』(1935年製作)
  監督:ジャック・フェデー

⑤『赤い風船(Le Ballon Rouge)』(1956年製作)
  監督:アルベール・ラモリス


1988年10月下旬号のキネマ旬報に寄稿した「私の好きなフランス映画」では、好きな監督や映画について次のように語っています。

監督では、ジュリアン・デュヴィヴィエとジャック・フェデーが別格で、続いてナチ占領下の弾圧に抵抗しながら映画を学びフランス映画の復活を果たした功労者としてルネ・クレマンとマルセル・カルネ、あとはジャン・ルノワール、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー、アルベール・ラモリスで全部、なんだと言います。
極めつけは「マルやゴダールは頼まれたって加えない」と、キッパリ。というのも、ヌーヴェルヴァーグの若い監督たちがヒッチコックの手法を好み、そこからフランス映画の崩壊が始まったのだとみてるわけです。すごい、洞察力すごい。
また、手塚治虫に言わせると、ヌーヴェルヴァーグ以降のフランス映画は「人類の未来に夢も希望もなさそうなテーマばかり」なんですって。尻切れトンボのようなエンディングの単館系映画とかのことかしらね。
ちなみに、カルネ作品については「映画ジャンルあれこれ」の章の、「悪魔映画の系譜」というエッセイの中でも、カルネの『悪魔が夜来る』(これはトリュフォーも大好きな映画!)を取り上げています。恋愛映画のように見せつつ、実はナチ占領下のパリでつくられたレジスタンス映画で、そのラストシーンに感動し、鉄腕アトムの『ロビオとロビエット』というお話に使ったんだとか。それはぜひ読んでみたいです。

好きじゃないとはいえ、仕事につながる映画、単純に見たい好きな映画、話題になっているので見ておかなければと思って観る映画と、本当になんでもみていたようなので。ヌーヴェルヴァーグの映画も観てるんですよね。。。『死刑台のエレベーター』だって『大人は判ってくれない』だって観ている。トリュフォーが出演している『未知との遭遇』についてだって書いている。ホントに、このマンガの神様は、いつ寝ているんでしょう(あ、これさっきも言いましたね)。

手塚的「外国映画史上ベスト10」

1989年1月下旬号のキネマ旬報に寄稿した、外国映画史上ベスト10では、以下の10本を挙げています。いずれも何らかの新機軸を打ち出した作品で、手塚治虫の青春の映画なんだとか。そして、この10本の作品は、自身のマンガのシーンのイメージがどこかに組み込まれていんですって。

①『ナポレオン』(1927/仏)アベル・ガンス
②『2001年宇宙の旅』(1968/英)スタンリー・キューブリック
③『駅馬車』(1939/米)ジョン・フォード
④『天井桟敷の人々』(1945/仏)マルセル・カルネ
⑤『第三の男』(1952/英)キャロル・リード
⑥『街の灯』(1931/米)チャールズ・チャップリン
⑦『自転車泥棒』(1948/伊)ヴィットリオ・デ・シーカ
⑧『戦艦ポチョムキン』(1925/旧ソ連)セルゲイ・エイゼンシュタイン
⑨『舞踏会の手帖』(1937/仏)ジュリアン・デュヴィヴィエ
⑩『白雪姫』(1937/米)ウォルト・ディズニー

10本のうち、3本もフランス映画が入っている!!!

ブラック・ジャックとトリュフォーについて考える

ようやくですが、『ブラック・ジャック』です。
もうね、一話完結のタイトルに、ふと、映画への目配せを感じるんですよ(フランス映画だけでなく、ね)。例えば、『望郷』『目撃者』『スター誕生』『灰とダイヤモンド』『地下水道』エトセトラ、エトセトラ。ね、往年の映画ファンならわかるタイトルばかりでしょう?
お話はもちろん、映画の内容をぱくっているわけではなく、映画に刺激を受けて発想が広がり、お話のヒントにした、というように思えます。
そして、特にフランス映画ファンである私が気に入っているのは文庫版10巻に収録されている『終電車』と『山猫少年』です。どちらのストーリーからも、ちょっとトリュフォーの香りがするのです。


『山猫少年』

(初出1978年3月13日号週刊少年チャンピオン)

フランス人医師トリュフォーに呼ばれてその山の中の診療所を訪れたB・Jを待っていたのは山猫に育てられた小頭児の少年だった。生まれてすぐ何かに頭を挟まれていたため、頭丁部が平らになってしまったこの少年は放置すれば長く生きられないだろう。B・Jは頭蓋骨整形を施し、彼に人間らしく振舞うよう教育し始めるのだが……。

手塚治虫ブラック・ジャック40周年アニバーサリー!サイトより

これ、絶対、トリュフォーの『野性の少年(L'enfant sauvage)』(1969年製作、日本公開1970)観てるよなぁ。不幸な少年時代を過ごしたトリュフォーの短編長編合わせて13本目になる作品です。ここでオオカミに育てられた少年を人間にすべく言葉を教えるイタール博士を自らが演じることで「かわいそうな少年」時代と決別し、愛の作家として、子どもへ優しい眼差しを向けるのです。それは、冒頭でジャン=ピエール・レオにこの映画がささげられていることからもわかります。
言葉を話せば人なのか。教育とは何か。その子にとっての幸せとは何か。いろいろなことを考えさせられる映画ですが、この映画の根底にあるヒューマンな思想が、手塚とマッチしたからこそ、それが『山猫少年』になったのではないかな、と思わずにはいられません。
まぁ、ブラック・ジャックを呼び寄せるフランス人医師のトリュフォー先生って、まんまじゃん!って感じですしね。

今の時代、すぐYouTubeで予告編動画とか見れるから便利ねー。少年役の子の演技が神がかってる!


『終電車』

(初出1978年1月16日号 週刊少年チャンピオン)

かつてブラック・クイーンの異名をとっていた女医がいた。彼女は患部をすぐに切断してしまう医者だったが、自分の恋人の足だけは切断できなかった。その恋人の足を切らずに治したB・Jと久しぶりに終電車の中で再会した彼女は、B・Jを自分の病院へと誘う。彼女は結婚生活か医者を続けるかの選択で悩んでいた。

手塚治虫ブラック・ジャック40周年アニバーサリー!サイトより

今回読み返して、終電車が西武新宿線の上石神井行きなところに、地元愛を感じてキュンキュンしました。ブラック・ジャックも年の瀬には飲み会に参加し、お酒を飲むから終電で帰るのです。ブラック・ジャックのお家は西武新宿線沿線なのね。。。
そして女医が降りた下落合で一緒に降りちゃうブラック・ジャック。

実は、この『終電車』を読んだ時、私はすぐにトリュフォーの映画『終電車(Le Dernier Métro)』を思い浮かべました。ストーリーとしては違うのだけれど、夫がいながら他の人に想いを寄せるシチュエーションだし、終電車というタイトルだし、きっと、ここから着想を得たに違いない!!! と、思い込んでいたのです。

トリュフォーの『終電車』は、ナチス占領下のパリが舞台。演出家で亡命中の夫ルカ(実は劇場の地下に潜伏して亡命の機会を待っている)の代わりにモンマルトルの劇場を切り盛りする看板女優マリオン(カトリーヌ・ドヌーヴ)と、マリオンの相手役としてやってきたレジスタンス活動をしている若手俳優ベルナール(ジェラール・ドパルデュー)が、役を超えて惹かれ合い、演出家である夫ルカもそれを感じつつ、3人が微妙な三角関係を保っているの。
そして、弾圧の中でも表現の自由を守り、芸術を称える気持ちが、三角関係の恋愛劇の中に込められています。

でも!!! トリュフォーの『終電車』は1980年、手塚の『終電車』は、それより二年も早い1978年の作品だったのです。え、そうなの? ずっとトリュフォーの映画から着想を得ているんだと思ってました!!!

ときどき手塚治虫がエッセイの中で「この作品、自分が考えていたのとまるっきり似ていてびっくり」みたいな経験を書いていますが、これも奇妙なシンクロニシティの一つと言えるのかもしれません。


手塚治虫の映画エッセイ、他にも、息子が学生時代に撮った『モーメント』について書いていたり、「海外アニメーションあれこれ」の章でディズニーのスタジオを訪ねた話や「指輪物語」のロトスコープの話、ユーリ・ノルシュテインの話などをしていたりするのも興味深いです。

そして、手塚治虫が挙げている昔の映画、意外にアマゾンプライムとかにあったりすることが判明。天井桟敷の人々がサブスクで観られるって、いい時代ね。

それでは今日はここまで。Salut!


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