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貧困は不幸か?幸せとは何でしょう?

ここ最近、

幸せ

をテーマに、お伝えをさせて頂いています。

幸せとは、誰かが与えてくれるものでも、
何かによって、
与えられるものでもありません。

幸せとは、

自分を知ることであり、
全てそこにあることに氣づくこと

です。

また、何か幸せを測る、
ものさしがあるわけでもありません。

他人と比べるものでもありません。

今日は、僕の実体験から、

貧困は不幸か?

といった、
テーマでお話をさせて頂きます。

■なぜ、彼女たちは井戸を壊したのか?


・井戸が無い=不幸?

僕はずっと、世の中から
貧困が無くなって欲しい
と思っていました。

今もそう思っています。

なぜなら、貧困は人を苦しめるからです。

貧困によって

食べるものが食べられない・・・
着る物が着れない・・・
安全な家に住めない・・・
受けるべき教育が受けられない・・・
争いの原因になる・・・

など、貧困は様々な問題の
原因になっています。

貧困さえなくなれば、
多くの問題は解決します。

でも・・・

ある時、

Facebookで、

『カンボジアに井戸を掘ろう!』

という企画がありました。

企画の詳細はここでは端折りますが、

水で困っている部落に井戸が一基でも
あれば、そこの人たちは救われる。

といったものでした。

20万円で一基掘れるというので、
僕も、喜んで寄付をさせて頂きました。

お金も集まり、無事に井戸も掘れ、
後日、完成した井戸と、笑顔の写真が
送られてきました。

それを見て、僕も嬉しくなりました。

小さな行動でもできることは
いっぱいあります。

一つひとつは小さくても、
束になれば大きな力になります。

僕らにとって当たり前のことでも、
世の中にはそれが
当たり前にはできない人が、大勢います。

この経験によって、
色々なことを学びました。

でも・・・

ある時また、
別の学びをすることになりました。

それは、同じ井戸の話です。

僕たちのところではありませんが、

ある部落で、寄付で作られた
井戸を、その部落の女性たちが
壊してしまいました。

僕はその話を聞いた時、
かなり衝撃を受けました。

井戸を壊した理由は・・・

井戸ができたことで、女性たちの
幸せな時間が失われた

からです。

この部落では、水汲みは女性たちの
仕事でした。

片道2時間をかけて、毎日
女性たちが、水汲みをしていました。

毎日往復4時間、かなりの重労働です。

井戸ができたことで、女性たちは
この重労働から解放をされました。

時間もできました。

でも・・・

・本当に大切なもの


この女性たちが、井戸を壊して
しまったのです。

確かに、毎日の水汲みは
かなりの重労働でした。

でも、女性たちにとって、
水汲みの時間は、仲間達と会話ができる
楽しい時間でもありました。

また、誰かの役に立てている

ということで、
それによって

自己重要感も満たされていました。

井戸ができたことで、
女性たちは、代わりに、

大切なものを失ってしまったのです。

幸せとは何でしょう?

側から見たら、貧困は苦しくて、
辛くて、不幸に見えるかもしれません。

でも、この女性たちにとって、
それは違いました。

幸せとは、普段の当たり前の
中にあるものです。

その当たり前を失うということは・・・

僕は今でも、
世界から貧困が無くなって欲しいと
思っています。

でも・・・

それによって、大事なものが
失われてしまっては何の意味がありません。

大事なのは、本質を見ることです。

僕は、このことから、
本当にたくさんのことを
学ばせて頂きました。

幸せとは何でしょう?

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