敗者 山竹宏・・・

「あんた本当に身勝手で幼稚な人ね。」

帰宅して先程の出来事を説明した嫁の口から出た言葉だった。

そしておろおろする娘達を連れて、出て行ってしまった。

この日を境に、嫁の携帯電話は2度と繋がる事も無く彼女の実家も、友人宅も全く取りついでくれる事はなかった。

一人リビングルームから、沈み行く夕陽を見る以外に、何をする気力も湧かない日々が始まった。

有意義だった日々が、一瞬で消え去った事の痛手は大きく、酒とタバコを買いに出る以外は、何すると無くソファーに寝転んでいるだけだった。

時間の存在自体が、認知され得ないような日々を繰り返していた数週間後、自分の勤めていた会社の配達員が、一枚の書類を配達に来た。

中身は明けずとも分かっている、離婚届だった。

「俺はそんなに身勝手だったのだろうか?」気力なく判を押しもうこのマンションを所有する事自体意味をなさい事をこの日理解し、売却を依頼した。

住み慣れたマンションを出て、ワンルームのアパートに引っ越してからは、全く無思考な状態に陥っていた。未開封の間々積み上げられた私物のダンボールを空ければ、何処かに楽しかった家族の思い出が付着している事を感じていたので開封すら出来なかった。

何日か過ぎた夜半、地震で目が覚めた。

「あぁ大きく揺れているなぁ」意外な事に冷静な自分だったが、辺りを見回しても揺れている物はなかった。そして横たわっているソファーに伝わる振動が自分の体から発せられているのに気付いたのは数分後だった。呼吸も荒い、立ち上がろうにも体が震えて何ともならない。

「大分、不味い状況だな」何処かに冷静な自分自身も居て、床を這い段ボール箱を明けながら携帯電話を探していた。

周期的に訪れる震え、激しくなったり緩やかになったり、自分の身体に何が起こっているのだろう?

やっとの思いで、携帯電話を見つけ救急通報に何を話したかも記憶が無いまま自分は気絶していた。


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