敗者 山竹宏・・・

「俺の10年間は一体何だったんだろう」

あの日以来、嫁は口すら聞かなくなり俺が帰宅する頃には子供を連れて、実家や友人宅に出かけていくようになっていた。

ここで引いてしまっては、辞めて行った営業マンに申し訳が立たない。やはり、本社と労働組合本部に上申しよう。事によればマスコミにリークする手もある。

コンプライアンスを公言する会社での不正なら取り合うマスコミもあるだろう。先ず自分はこの日、実名入りで書類を送った。

珍しく、嫁が居る時間に帰宅した自分は、事の経緯を説明したが、あの日の副所長の様に、蔑んだ目で見下げただけで言葉すら発しなかった。

何の音沙汰も無いまま、数日が過ぎたある日の朝、支社からの呼び出しを受け向かった。

「山竹、あれ程言って聞かせた事を・・・ お前全く聞いとらんかったようやな」

呼び出された支社長室には、労働組合本部長、本社の人事考課担当課長が同席していたが、安田支社長は全く意に介さず

「散々面倒見てきたわしの顔に泥塗りくさって!」と

自分が郵送したはずの告発書と調査結果書類を丸めて自分の頬を打った。

組合本部長は体面上「まぁまぁ支社長」となだめに入っているのだが、本来はこの男が本社人事考課課長やその上司とこの事例の調査、不正追及する立場では無かったか?

「そう言えば、先日支店の方に匿名で取引先の会社の女性と不倫関係にあると電話が入っていてね」と後から加わった支店長の口から全く身に覚えのない言葉が出た。

「なんや山竹、最近どうも様子がおかしい思っとたら、そういう事だったんかいな?先日もお前の所の田中が訪ねてきて、お前の事が心配やとこぼしとったでぇお前、昔を懐かしんでちょっかいだしたんか?ゆうても今の嫁はんも取引先の受付嬢やったんちゃうか?こんな時期に火遊びに精出しよって!」

自分は完全に詰んでいる事を理解させられた瞬間だった。

抗おうにもここに居る全員が、告発自体を黙殺する為に集まっているようだ。

「支社長、言われもない不倫を持ち出して、事を揉み消そうという事ですか?」

悔しさを堪えてながらそう食い下がると全員が

「青いな山竹君は・・」と笑い出した。

怒りの余り、席を立った瞬間、人事考課担当課長が立ち上がった自分の肩に強い力で手を乗せ

「支社長がお話されている最中に席を立つとは君、随分立派になったもんだな」

・・・と、更に暴力と嫌悪を含んだ力を含めて肩に乗せた手で席に自分を押し込んだ。


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