No.100 1989年~2020年 5年生社会科伝統産業 フィールドワークを生かした 「輪島塗の実物に触れる」授業
前回のエッセーで輪島のフィールドワークをして、輪島塗ができるまでの実物を手に入れるようすをご紹介しました。
今回はこのフィールドワークを生かした「輪島塗の実物に触れる」授業をご紹介致します。フィールドワーク後の5年生での実践です。
以下のような6時間の指導計画を立てました。
1時間目 身近にある伝統工芸品を見る
2時間目 輪島市の様子と輪島塗の歴史を知る-テレビ「水戸黄門」に出た輪島塗-
3時間目 輪島塗の作り方を理解する① 材料と椀木地づくり
4時間目 輪島塗の作り方を理解する② 塗る仕事、絵を付ける仕事
5時間目 輪島塗の実物に触れる
6時間目 漆器づくりの悩みと課題を考える
今回のフィールドワークの成果は、5時間目の「輪島塗の実物に触れる」に焦点が当てられます。もちろん、この1時間だけでなくある期間輪島塗に関する実物を展示しておきますし、その後どの学年でも5年生になればこれらの実物に授業を通して触れることはできます。私にとって2020年まで輪島塗は大切な学習材の1つになりました。
今回のフィールドワークや実物の購入など学院から多額な援助がありました。それを還元するためにも、初等科の教師全員が5時間目の「輪島塗の実物に触れる」授業を参観する「研究授業」を行うことになりました。当日は初等科の教員以外にも中高等科の教員の方が数名参観して下さいました。記録として撮影して頂いた写真が手元にありましたので、幾つかを掲載致します(子どもの正面からの顔は出せませんので、私ばかりで申し訳ありません)。
研究授業を行う際には、参観者にその授業をどう進めるかの「学習指導案」を事前に配布しておき、授業後教師全員で授業の検討会を開きます。私はいつも多様な意見が出ることを望み、厳しい意見も大歓迎でした。学習指導案の一部を提示します。
授業は次のように進められました。
子どもたちの発言は多様にたくさんあったのですが、スペースの関係で制限させて頂きます。
① 輪島塗の花器を見て触れる。
(教室に花を入れた花器を置いておきました。)
「この教室に輪島塗がありますが、どれだか分かりますか。」と問いかけ、輪島塗の花器を示します。
「この花器の底はどうなっていると思いますか。」と聞き、
「ひとりひとり触ってみましょう。」と触ってみました。ざらざらなことを体感した後に、
「このような底を作るために、漆を塗るときにある食物を入れるんですけど、それは一体なんでしょうか。」と聞きます。
子どもたちはゴマとか牛乳とか答えていました。テレビからの情報でしたが、
「豆腐と漆を一緒に塗るんだそうです。卵の白身でもいいそうです。」と教えました。
② お椀の輪島塗工程の実物に触れる。
「『輪島塗ガイドブック』の輪島塗工程の写真を見て下さい」と黒板に張ります。
「この写真のような実物があって、ひとつだけ触れることができるとしたら、どれのどんなことを調べたいですか。」と聞き、「輪島塗工程見本椀」を登場させます。
子どもたちからは、「すごい」「輪島塗の実物がある」「実物を触れるの?」「これどうしてここにあるの」など大はしゃぎでした。実物のもつ教育力を再認識しました。
輪島塗工程見本椀の上段左から番号を付け、1番~15番として子どもたちには応えてもらいました
どのように反応するか予想していましたが、1番木地型の重さやにおい、3番木地の薄さ、5番木地に何を貼っているのか、13番お椀がどれだけすべすべしているか、14・15番どんな模様が付いているのかなど予想と一致しているものが多かったです。木地の薄さについては、4人に1つ木地を配り蛍光灯に当てると光が差し込むことにみんなびっくりしていました。
「ふたつを比べて触るとしたら、どれとどれのどんなことを調べたいですか。」と問いかけます。これも予想していたのですが、1番・3番木地型が木地になるとどのくらいの重さになるか、と子どもの意見がありました。事前に秤を用意しておいて量りました。教卓の近くの子どもに量ってもらい1番の木地型は270gで3番の木地は30gでした。
7番・10番一辺地付が三辺地付になるとどのような手触りになるのか、7番・13番一辺地付が上塗になるとどのくらいすべすべになるのか、1番・15番木地型が沈金の模様になるとどんな感じになるかなどの反応がありました。
「この実物の14番蒔絵と15番沈金の模様付けは値段に倍の違いがあります。この蒔絵と沈金の場合どちらが高いと思いますか。」と言い、蒔絵と沈金を子どもたちの席に行きそれぞれ見せたり、触ったりしてもらいました。そして、どのような技法で模様を付けるのか説明し予想を立ててみました。多くの子どもの予想は沈金です。技術的に難しさを感じたのでしょう。正解は蒔絵です。子どもたちの驚きの声が聞こえました。
③ 輪島塗の材料に触れる
「輪島塗を作る途中で使われる材料で、触れてみたいものがありますか。」と問いかけました。これも予想していたのですが、布着せに使う寒冷紗、地の粉、生漆がでました。生漆は美術の先生がビニールの袋に入れカセットテープのケースに入れ安全な状態のものを提供して下さり見せることはできました。寒冷紗も触ることができました。
地の粉は現地の採取場の写真を見せた後次のように展開しました。
地の粉ができるまでの原土、天日乾燥したもの、蒸し焼きしたものを触ってもらい、4人に1セットの3種類の袋に入った地の粉を用意し、
「A・B・Cの袋に入って地の粉を見たり触ったりして、かがみ粉(一辺地粉)、二辺地粉、三辺地粉の順番に並べてみましょう。」と指示を出しました。
正解はC・B・Aの順番でした。いくつかのチームが合っていました。
④ 実物に触れる意味を考える
「実物に触れて、一番面白かったことは何ですか。」「もっとじっくり触れてみたいものは何ですか。」と問いかけ、何人かの子どもたちの意見を発表してもらいました。後に全員に文章で書いてもらったので、その考えのいくつかをご紹介致します。
「輪島塗を実際にさわったり、においをかいだり見たりしてとてもいいけい験になりました。私は3番のうつわがどのくらいうすいのか興味がありました。さわってみたら、思っていたよりもっとうすく、ちょっと強くにぎると、ふにゃっとつぶれてしまいました。こんなにうすくけずるなんて職人さんは大変だと思いました。また、まき絵のしっきとちん金のしっきでは、まき絵が高かったのでびっくりしました。地の粉をさわってみて、とてもつぶがこまかいことがわかりました。ぜも、私には3種類の粉の区別がつきませんでした。ちょっときんちょうしてしまったけれど、楽しい授業でした。」
「私はガイドブックにのっていた輪島ぬりのおわんを見て、さわったりしてみたいなと思っていたら、本当に実物を見たり、さわったりできたので、とてもうれしかったです。ガイドブックを見たけれど底はどうなっているのか、手ざわりはどうなのかなどわからなかった事がたく山あったけれど、実物を見て、いろいろ調べられました。ちん金の方が値だんは高いと思ったけれど、まき絵の方が高かったので、予想外でした。それはたぶんまき絵は京都から来たので、まき絵の人が少ないのではないかと思いました。
「きのうは、いろいろな先生方が私達の授業を見にいらして、はじめはとってもきんちょうしました。となりで先生がビデオをとっていたからかもしれ ませんが、岸尾先生が、木地づくりから仕上げまでの輪島塗のおわんがいっぱい入ったはこを出してあけたとたん、それまであったきんちょうも一気にふきとんでしまいました。『今までは写真でしか見たことがなかったのに、これは全部でねだんがきっと高いだろうな。』と私は見たしゅんかんに思いました。同じ人間なのに、こんなにこまかくて、むずかしい作業がどうしてこんなに上手に、そしてきれいにできるのだろうと私はふしぎでしょうがありません。そんな人に、いつまでも輪島塗をつづけてほしいな、と私は思います。」
この研究授業後に、生漆を安全な状態で提供して下さった美術の先生が、輪島塗の塗り方の過程が提示されている1本の板も提供して下さいました。裏にはそれぞれどのような作業なのかが書かれています。この板はそれからの輪島塗の授業のまとめとして子どもたちに見せています。
表の塗り方の過程を子どもたちに見せ、裏のそれぞれの作業名を見ながら、まるで覚えているかのように読むのですが、だいたい途中で子どもたちには書いていることを読んでいるとバレてしまいましたが。
私にとってこの輪島塗の授業は、5年生の社会科を教える時には行ってきましたが、2012年から4-4-4制が始まり5・6年生がタブレットを活用するようになると、5年生の社会科では「ネットVS実物」という構想で行いました。
2019年11月22日には「輪島塗 タブレットVS実物」という教師最後の研究授業を行いました。このことは後のエッセーでご紹介致します。
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