映画鑑賞記録:『オリエント急行殺人事件(1974)』

1974年の『オリエント急行殺人事件』を見た。

私はデヴィッド・スーシェのポワロにしか馴染みがないので、アルバート・フィニーのポワロには度肝を抜かれた。
白塗りに怒り肩で、良く言えば賑やかでコミカルな、悪く言えば下品な印象さえ感じさせるポワロであった。

同じ人物でも、演じる人間、作品が異なればこれほど違って表れるということに、おそらく度肝を抜かれたのだと思う。

ポワロの強烈さや、スーシェの『オリエント急行殺人事件』との作品全体に流れる空気感の違いに驚き、初見の時には、あの大女優が出演していたということに全く気が付かなかったのである。


○『映像の世紀プレミアム』の第14集『運命の恋人たち』を見た。

中学校の頃から『映像の世紀』シリーズはずっと見てきているから、もうほとんど内容は暗記してしまっている。だから私の中では、最近は作業BGMとしての役割に甘んじているけれども。
それでも時折、ふと見たいな、と思って見ることがある。

『運命の恋人たち』は、私が人権に関わる問題について関心があることもあってよく見返す回の一つである。公民権運動や性的少数者の権利運動のところは特に興味深く拝見した。

イングリッド・バーグマンは『映像の世紀』の中では、まず1938年のドイツ映画に出演した時のエピソードで登場する。
ナチス政権下で宣伝大臣を務めたゲッベルスは、どうやら妻子ある身で何十人という映画女優と関係を持っていたらしい。彼女自身、出演した映画の監督からゲッベルスの誘いを受けるよう指示されたものの、バーグマンは幸運にも彼に「選ばれなかった女優」だったようだ。
この翌年、バーグマンはハリウッドへと進出する。

次に語られるのは、彼女自身のスキャンダルについてである。夫以外の男性と不倫し、夫と離婚する。これによってハリウッド界に(いや、アメリカ上院議員が彼女を糾弾する演説をした、という滑稽なエピソードがあるくらいだから、アメリカ全体に、かもしれない)激震が走った。バーグマンはこの件でハリウッドを追放される。

そして1956年にハリウッドに復帰し、1974年に『オリエント急行殺人事件』に出演する。



特に映画に詳しい、俳優に詳しいというわけではないのに、悔しいと少し思ったのは何故だろう。

私は『オリエント急行殺人事件』にバーグマンが出演していることに気づくことができなかったのである。


それは、私が見慣れた若い頃のバーグマンではなく、59歳のバーグマンだったからかもしれないし、決してキーパーソンとは言えない役を演じていたからかもしれない。

どうやら当初バーグマンには、ドラゴミロフ伯爵夫人という重要人物の役があてがわれる予定だったらしいが、彼女は中年の宣教師の役を希望した。

このグレタ・オルソンがバーグマンだと認識してから、今一度『オリエント急行殺人事件』を見てみる。

イスタンブールの駅で登場人物たちが揃う冒頭の場面から、彼女に長い場面が割り当てられていることがわかる。
お守りを失くし、狼狽える彼女の周囲に物売りがここぞとばかりに集まってくる場面である。宣教師という役柄か、他の女性の登場人物より質素な格好をしているものの、この場面は確かに印象に残っていた。


また、事件後にポワロの聴取を受けている場面。ハバード夫人と入れ替わりで食堂車に入ってから、聴取を受け、食堂車を出て行くまでしめて4分半の場面だが、この長い場面をほぼ同じアングルでワンカットで撮影している。

普通は間延びしそうに思えるし、事実かったるいなと思わないでもないが、そのかったるさが、英語が不得手な(風に見せかけている)役には合っているなとも感じられた。



映画の鑑賞記録と銘打ったものの、今回はほとんどイングリット・バーグマンについての話になってしまった。

しかし、この映画を見ようとしたきっかけは、デヴィッド・スーシェのポワロのドラマだったので、興味深くこの二つの作品を対比して鑑賞することができたと思う。


デヴィッド・スーシェのポワロのエピソードはほぼ全ての作品を見終わっている。

私はゾーイ・ワナメイカー演じるオリヴァ夫人の大ファンなので、彼女が登場する作品は特に気に入っている。(なかでも『ひらいたトランプ』と『象は忘れない』は何度も見るエピソードだ)

ポワロに限って考えてみると、私は魅力的な女性がキーパーソンとして多く登場する作品を気にいる傾向にあると思う。『鳩のなかの猫』とか『ヘラクレスの難業』とか(この2作品に関してはキーパーソンというよりも……と言いたくなるが)
それはやはり原作者のクリスティの女性描写が私の好みと合うからだと思う。

ふと考えてみると、私がクリスティの作品を原作として読んだのは『そして誰もいなくなった』だけである。いつか必ず他の作品も読むつもりだ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?