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いつからか真剣に信じている未来の図

環境問題を仕事にしていた私が、子どもの頃に思っていたこと

子どもの頃から、水洗トイレとか水道というものに対して違和感があって、こんなに行き過ぎた整備はいつか壊れる、人間はやりすぎてる、ってずっと思っていた。ほんのちょーっとだけど…。

それがたぶんきっかけで環境問題に興味を持っていた。そして、いろいろあって環境問題が仕事にもなった。


アカシックレコードの人が見た、未来をいつしか信じるようになった

そして20代の頃、安曇野のペンションによく通っていたときに、ロビー?にあったアネモネっていう雑誌に、アカシックレコードが見れる人がコラムを書いていた。数百年後の未来を見てきました、っていう感じ。それがずっと忘れられなかった。それって…それって…それって……そ れ や な …!! って思った。

数百年後、人間は人数をぐっと減らして、森の中で生きている。地球のほとんどが木で埋まり、たくさんの生き物が生きている。小さい小さい数十人の集落が、ポツン、ポツンとあって、とってもみんな平穏に幸せに生きている。自分たちで自分のものを作っている。

その文を読んだとき、なんかすごく惹きつけられるものがあり、だんだんそのイメージが私の中で深まっていった。ああ、いいな、と思ったのと同時に、それが本当に未来にある気がしてきた。そして、少しずつその未来の風景が「細かく」なってきた。

最近になって、瞑想状態になった時に、3人の鳥のような人間が、その未来の森の上を飛んでいくのが見えた。つまりは、ちょっと人を超えた…、神…?のような人が、どうやらこの森と一緒に暮らす生活を先導し、そして、すべての人の同意によって、この生活がはじまったらしい。

人間は地球の用務員・コンダクター

そして、人間はその森や自然に対して、コンダクターというか、周りの森の面倒をみながら、生きていて、森や自然の用務員のような役割も果たしていた。

それは、私が死んで、現在10歳の息子も死んだあとで、でも、だからこそ、あの風景に対して自分が何ができるかを、役者や保育者で本当にいいのか?を、いつも考えている。

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