#88 スキンヘッドとパンケーキ

少し昔の話だ。

もうとっくに辞職してるが、新卒1社目で入った会社は、某大手民間放送局直系の制作会社であった。

最初に配属された先での激務に耐えかね、シャレにならないくらい体調を崩したことから、私はバックオフィス系の配属へと異動になった。
ここの詳細な話は「急死に一生話」として今度紹介する。

配属されたのは、一般の会社で言うところの資料管理室みたいなところ。あまり詳細な話をするのは憚られるが、そこで私は外に出るタイプの仕事をするチームに入った。
メンバーは私以外全員男性で、女子が入るのは初めてのことだという。当初先輩たちは私の扱いにやや困った様子であった。

新人だった私は、ある日先輩社員と一緒に自由が丘への仕事に同行した。

先輩は私より背が小さく、見事なスキンヘッドで人相は少し怖め。しかし口下手だが、性根がよく、面白い人だった。

一通りの仕事を終えて、どこかで昼飯を食べようという話になった。先輩は私に気を利かせて「何か食べたいものはあるか?この辺の店は知っているか?」と聞いてきた。

自由が丘はちょくちょく行っていた。私はどこがいいだろうかと考えあぐねていると、ふと脳裏にFIPPER'Sのパンケーキが過った。

いわぬるフワフワパンケーキ流行の先駆け的なお店で、私も流行に乗じて何度か食べに行ったことがある。あそこのパンケーキは美味しいし、いつも混んでいるけれど、平日の昼ならきっとすぐに入れるだろう。

しかし、一見無骨そうなこの先輩が、果たして可愛くてオシャレなあのカフェに行きたがるだろうか……と思ったが、私は「先輩の行きたいところで構わないのですが」と前置きした上で「フワフワのパンケーキを食べたことはありますか?」と聞いてみた。

「フワフワのパンケーキ!食ったことない」
「この近くにあるんです。美味しいですよ」
「パンケーキか……オシャレなやつ?」
「そらもう、若い女子が大喜びな」
「行ったことないな……行こう!」

思いの外、先輩はノリノリで私の提案をのんでくれた。気を遣われたのかもしれないが、しかし先輩は緊張と期待の面持ちで、頭から顔まで上気していた。

いざ、流行りのパンケーキとご対面し、食べ始めると先輩はいたく満足そうに
「うめぇ〜、こんな美味かったとは!」
と喜んでくれていた。
先輩はこうも言っていた。

「今まで男ばかりだったから、オシャレな街に行っても大体サイゼか立ち食い蕎麦ばかりだったけど、オマエがいるならこういうところにも行けるのか!」

帰社後、先輩は他のメンバーに
「今日は羽佐間のおかげでフワフワパンケーキを食えたぞ!」
と自慢げに話していた。
先輩の気遣いもあるだろうが、しかし本当にあのパンケーキを気に入ってくれていたようで何よりだった。

その後、他の先輩たちと外で仕事をした際のランチでは、もちろんサイゼや立ち食い蕎麦のときもあったが(私も両方好きだし)たまに、通りがかったオシャレなカフェなどを見つけて「今日はオマエがいるから行ける!」と入ることもちょこちょこあった。

仕事する日々が長くなると、私の女らしくない性格もあってチームにはすぐに馴染むことができたし、こういうことで有り難がれるのは面白い発見だった。

あぁいうカフェを、男の人はあえて避けているものと思い込みがちだが、しかし美味しいものというのは男女関係なく魅力的なものである。

オシャレでカワイイカフェでも、ああいう無骨な男が気軽に行けるようになったら、さぞ素晴らしい世界だろうなと時々思う。
おっさんだって、フワフワパンケーキに挑戦してみたいものなのだから。

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