#28 夢で見る街

夢の中でしか見たことのない街がある。
現実でも見覚えがありそうなのに、しかし現実にはない場所。本やネットで見たことありそうなのに、やはり現実にはない場所。

それは熱海にある廃業した温泉商業施設だ。
古代ローマ風の円柱を模した柱がずらっと並び、地面は石畳、天井には青空の絵がずっと続いている。
それは一目見てイミテーションだと分かる作りで、円柱も石畳も、大理石どころか石材ですらなく、モルタルか硬質の発泡スチロールを着色し、加工したような質感で、模範とした見た目に反して柔らかそうな印象があるのだ。

何階建なのかは分からないが、1階からずっと吹き抜けになった途中途中に2階や3階を繋ぐ橋が見える。それもローマ風のデザインだ。
立体的な構造で、あちこちにかつてはお店や温泉があったことが窺えるのだが、人の気配はまるで無い。

廃業して久しいはずなのに、室内は古臭い蛍光灯の黄色味掛かった白い光で照らされており、比較的明るいのに、どこか暗さがある。

迷路のような構造に加えて窓がないので、外の景色はどこからも見えない。だから、私は「熱海にある廃業した温泉商業施設」と言ったが、本当に熱海にあるのか分からない。
いや、そもそも夢の中の話なので現実の熱海にあるわけがないのだが、何故か熱海にあると自然に思ってしまっているのだ。

ところどころに、かつて温泉が沸いていたであろう大きくて豪華な浴槽や噴水があり、それも古代ローマの神々を模した彫刻などで飾られている。そこを中心に広場になっている場所が、施設内に点在しており、夢の中で何かイベントがあるときはこういう場所が舞台になる。

夢でこの場所が出てくると「あぁ、また来た。懐かしいなぁ」と思うから不思議だ。

この場所は夢で何度も見たことがある。
しかし、見る夢に連続性はない。

ある時は5色それぞれのユニフォームを着た5人組の戦隊ヒーローが現れて私の名を呼び、戦いを挑まれることもあれば、別の夢では私と同じ顔をした男と血まみれになるまで殴り合ったりすることもある。

かと思えば、現実には存在しない旧知の友人とブラブラ歩いて、適当な場所に座り込んでぼんやり語らったり、奇妙な見た目のモンスター達とこの場所を歩き回ったりすることもある。

存在しないノスタルジーに彩られたこの場所は、私の心のどんな場所にあるのだろうと時々考えてしまう。

落ち着くのに不気味で、懐かしいのに居心地が悪いあの場所を思っては、現実にそんな場所がないだろうかと時々調べて、探すことがある。

見つかったらきっと嬉しいと思う反面、行ったら幻滅しそうで嫌だなとも思う。

どうか、このままひっそりと、私を含めて誰の目にも触れられないままに、あの場所がこの世界のどこかにありますように。

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