#9 迸れ、パスタ愛!

週に一回は食べないと気が済まないものはないだろうか?

私の場合はパスタだ。
その理由は遡ること10年前。

大学生の頃、私は単発のものも含めていくつかのバイトを掛け持ちしており、いずれも卒業まで長く続いたものだった。
ローソンの店員、スポーツ番組のAD、歌番組のサクラ、子供向けイベントの手伝い、サッカー会場のビール売り……そしてイタリアンレストラン。

私が働いていたイタリアンレストランは、当時地元の商店街に新しくオープン予定の店だった。そこのオープニングスタッフとして募集し、4年勤めた思い入れの深いバイト先のひとつである。大体週に1〜3日は出勤していた。

私は主にフロアとドリンクの担当で、店はそこまで大きな店ではなかったので、いつも店長兼シェフのHさんと、主に前菜や焼物を担当するスーシェフ、そこにフロア・ドリンク担当が1〜2人という布陣で働いていた。

オープン当初こそ、来客も多くそれなりに忙しかったが、徐々に客足は落ち着いていき……いや、落ち着いているという表現では少し呑気すぎるくらいヒマになってしまった。

料理がマズいとか、値段が極端に高級というわけではないのだが、ファミリー層が多い地域の中では、少し大人向けの雰囲気だったのと、一皿の量がややお上品めだったのが理由だと思われる。

あるいは、来客が立て込むと店長がパニック状態になるという、おおよそ飲食経営に向いているとは思えない性質のせいかもしれない。

なのに、珍しく忙しいときに私が何か注文を間違えたとき「キミ、飲食向いてないねぇ!」と店長に言われたことがあったが、これに関してはいまだに「オマエにだけは言われたくない」と思ってしまう。

そんなこんなで、オープンからややしばらく経って以降の働き方はこんな感じだった。

17:00頃 出勤
     店内清掃
     ・掃除機
     ・ダスター
     ・トイレ掃除
     ・タバスコ瓶のメンテ
     ・ランチ営業で残った洗い物
18:00頃 開店
……客が来ない
19:00頃 退勤

これはまだいい方で、ひどい時は18:00少し過ぎた頃に「帰っていいよ」と言われることもあった。

何なら、店内清掃も私がくる前に店長が済ませてしまっており、私の仕事は各テーブルに置かれたタバスコ瓶のフチやフタに溜まった唐辛子のカスを取り除くだけ……というときもあった。洗い物すらやらないこともある。

客が来ない飲食店に漂う侘しさというのは筆舌に尽くしがたく、特にやるせないのは隣のアジアン料理店にはひっきりなしに客が来ており、何なら飛び込み客を断る声まで聞こえる時だ。

たまに、店長が「隣の店覗いてきてよ」と私に言って、言われた通り覗きに行って帰ると、店長が中空をぼんやり見ながら「どうだった?」と聞いてくる。
そんなこと聞かなきゃいいのに……

そんなこんなで大変ヒマな勤め先だったにも関わらず、店長は必ずまかないとしてミニサラダとパスタを食べさせてくれた。

ミニサラダは賞味期限が切れそうなものを中心に、たまに前菜用の惣菜である生ハムや小さなキッシュなども乗っているときがあり、ミニとは言いつつ結構ボリュームがあった。
パスタは野菜やサラミの切れ端が入ったまかないパスタが多かったが、珍しく忙しいときには正規のメニューから何でも好きなものを食べさせてくれることもあった。

正規メニューの中ではカニのトマトクリームパスタが好きだったが、でも私は野菜クズだらけのまかないパスタが大好きだった。

まかないパスタはトマトベースで、ソースに絡んだブロッコリーの芯は蒸したイモみたいにホクホクで、玉ねぎは甘味が強く、カボチャの端っこは煮崩れていないのに柔らかかった。
店長は野菜の扱いが巧かったのだ。

しかし、当時私は実家に住んでいたので帰れば普通にゴハンは食べられる。それにも関わらず、店長は律儀にまかないを作ってくれた。

最初こそ、喜んでまかないを食べていたものの、客も来ないのに申し訳ないと思い始め、何度めかの1時間勤務時に私はこう言った。

「1時間しか働いてないのに、まかないを食べさせて貰うのは申し訳ないですよ」
「いや、これくらいしか出来ないから」
「ならせめてサラダは無しでも……」
「ダメだよ!野菜も食べなきゃ」

そう言って店長は、バイトのたびにまかないを食べさせてくれた。
「もっと繁盛すればなぁ」
となんとも言えない気持ちを抱えながら、店長の作るパスタを私は週に1〜3回食べていた。
そんな生活を大学卒業まで4年続けた。

4年後、大学卒業から新卒1社目への入社が決まると、バイトも卒業することになる。

しかしその後も、私は週に最低でも1回はパスタを食べないとなんだか落ち着かない体になってしまった。パスタを食べずにいると、どうも何か物足りない。

社会人になってしばらく、パスタが食べたくなるとやはりイタリア料理店にランチに行ったりしていた。専門店のパスタは美味しい。使われてる材料も良いものだ。

でも、あの野菜クズだらけのまかないパスタのような、何とも言えない温かみのある味にはなかなか出会えないものだ。たまに、専門店のパスタを食べていて、あの野菜クズパスタが恋しくなるときもある。

その後、転職や独立を経て、コロナ以降は完全在宅勤務になってからはランチに自分でパスタを作ることが多くなった。
「門前の小僧」と言うべきか、あそこの店での店長の動きをマネて、あれこれ研究していった結果、得意料理と言っても過言では無いほどのクオリティになったと自負している。
あの野菜クズパスタにはまた遠く及ばないが。

ところで、あの店はどうなったか?

何と今でも続いている!
運良く、雑誌の特集に取り上げられたことから客足が増え、ランチは常に満席。
運営は店長のワンオペになり、相変わらずのパニックぷりらしいが、それでもどうにか上手くやっていっているらしい。

あそこのパスタで、週1のパスタ欲をまた満たしに行こうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?