木村九段 見事なり

昨日王座戦第一局を観戦した。
なんか久しぶりに真剣に棋譜を追いながら真面目に将棋を観戦した。

いや、見事なホームスチールだった。(大谷選手も観戦していた)

稀に見る、というか稀にすら見ないような超ハイペースでの序盤が終わった時点で応援する木村九段が、やや劣勢、という少し苦しい状況ではあったように見えた。

もちろんABEMAの評価値がソースだが、実際素人目に見ても、駒台の上の2枚の角がどこにも打ち込む隙がなく、攻めのとっかかりが中々に難しく、
対する永瀬王座は遅いながらも、金とと金をじりじり寄せていくという着実な攻めが楽しみとして明確にあるのでなかなかに数字以上に指し手が難しいのではないか、という印象だった。

しかし、木村九段は見事だった。やや悪い、という時間が果てしなく長いのに、ずっとやや悪い、のである。
これは本当にすごいとしか言いいようがない。
良くなる、ということは相手がミスをしない限り起こりえない(そういう意味ではあれだけ長時間やや優勢を維持した永瀬王座も凄かった)ので、
将棋において自分ができる最善というのは現状維持なのである。
これの大変さは将棋を指す人間にはわかりすぎるほどわかる。

王座戦開幕前の木村九段のコメントが棋譜の中にフラッシュバックするような見事な開幕局だった。

終盤、あの永瀬王座が少し焦れて、攻めるか受けるか、逃げるか相手の攻め駒を攻めるか、ほんの少し方針に迷った隙に放った、それまで駒台にニートとして君臨していた角のうちの一枚を9九に打ち捨てタダでプレゼントする華麗な名手はそれまでの歯を食いしばってひたすらやや悪い現状維持を目指して耐えて耐えて耐え忍んできた木村九段の執念があってこそなんだと痛感させられた。

ただ一手のスーパープレイを探すだけの私のような素人には到底覗くことすらができない世界にあるご褒美のような手に見えて華々しいを通り越して
神々しくすらあった。

最終盤、木村九段の△同銀が悪手でそれに対して▲5一金なら永瀬王座が再逆転していた、という筋が指摘されていたが、これは評価値偏重時代の功罪の罪の方だと個人的には思う。

1分将棋でいくつかの最善手(しかも超指しづらい)を数手紡げば、29手詰が発生するかどうのこうの、というのは、野暮という他無いように思う。

仮にそれが正解で理解できたところで(永瀬王座木村九段なら瞬時に理解できるだろうが)最終盤のあんな筋は二度と出てこないだろうからなんのタメにもならないように思う。

突き詰めて考えると、将棋の結論は必ず、先手勝ちか、後手勝ちか、千日手か持将棋(これも突き詰めるといつかは千日手になる。恐らく地球が終わる頃に。)である。

それ以外の結論がない以上、正解を求めるのであれば、振り駒終了時に先手か後手が投了するか引き分け提案をするべきである。

現在のコンピュータソフトがそこに至っていないのはコンピュータソフトもまた未熟である証拠だ。
(完全に成熟した場合評価値も次善手も不要である。初手から+9999もしくは0(引分)の最善手以外がすべて-9999でないとおかしい)

観戦していた人間が控え室などで気づき、感想戦の際にこの手ははどうですか?と提案するのであれば、大賛成で大いに盛り上がると思うが、
対局終了直後のインタビューでただコンピュータソフトの評価だけ見た記者がその後の複雑極まりない変化を何一つ理解していない状態で指摘する様は無粋だなぁと思った次第である。

*控え室で他のプロ棋士に、この筋はプロであれば、時間があれば見えますか?インタビューで聞いても失礼にならないですか?など事前に確認していたのであればなにも文句はないです。念のため。

当然、スポンサー側の人間であるのでなんでも聞く権利はあるし、答える義務もあるので良し悪しであればまったく問題が無い上で対局者のお二人も不快そうなリアクションは全くなかったのは百も承知ではあるがインタビュアーも将棋を愛する記者なのが理解できる以上ちょっと、気になった次第である。

将来、対局後のインタビューで、振り駒で後手でしたけどなんで投了しなかったんですか?
とか聞くようになったらこの競技は終わりである。

ともあれ、永瀬王座の強さを考えると失礼ながら木村九段の奪取は相当難しいのではないかと予想していたので幸先よく1局目(しかも後手番で!)を取ったのはかなり大きいのではないかと思う。
もちろん終盤までリードしていたのは永瀬王座である事実がある以上次局以降も厳しい戦いが予想されるのは間違いないが、久々に藤井渡辺戦のような心が踊る、でなはく、心が沸くシリーズが始まったようで大変興味深い。

願わくば、藤井二冠以外には一切興味を示さない他業種メディアの圧力に負けず、藤井二冠以外にもこんなに胸を熱くする勝負があるんだぞ、と一人でも多くの新しいユーザーの目を向けさせ、その目をぐっと引きつけ、沼に引きづり込むような大熱戦のシリーズになって欲しいものである。




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