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深海冒険譚~未知の景色に憧れて~[宮下 裕策]

遡ること今年3月末日、僕の1つの冒険が幕を閉じた。
だが、まだこの冒険譚は完結したわけではない。
次なる冒険への駆け出しに過ぎないのだ。

Stay Tuned for Adventure.
(冒険に終わりはない。)

2020年も師走を迎え、医学部の試験地獄からようやく解放された頃であった。
TwitterのタイムラインでJAMSTEC(=国立研究開発法人海洋研究開発機構)が実施している若手人材育成プロジェクト“ガチンコファイト航海”への参加募集が流れてきた。
(ガチンコファイト航海2020の募集サイトはこちら)

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この募集を目にしたとき、僕の心の何かが音をたてて慌ただしく動き始めた。

ー 日本が世界に誇る有人潜水調査船“しんかい6500”に乗って深海へ行けるだって? ー
ー こんなチャンス逃すわけにはいかない、絶対深海に行ってやる! ー

深海に焦がれたのであろうか。はたまた6K(=しんかい6500)に焦がれたのであろうか。えも言われぬ衝動に駆られて応募した。なんとか書類選考と面接をくぐり抜け、3月下旬に2週間に渡って行われる調査航海に参加できることになった。“医師”へと導かれたレールを為すがまま歩んできた僕にとってはあまりにも稀有な冒険がこうして突如始まったのだ。

ここからは航海の話になる。 航海の目的は、伊豆・小笠原弧に生息するアルビンガイの人為的生息地移転に向けた基礎研究である。要は、海底開発等による深海生物への悪影響を未然に防ぐために、深海生物の生息地を他の場所へ人為的に移すことが可能なのか生物学的手法を用いて評価するという点にある。

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アルビンガイ(熱水噴出孔周辺に生息する大型の巻貝。毛に覆われた殻をもつ。)

我々調査チームは潜水調査船支援母船“よこすか”で小笠原海域へ移動後、数回に渡って6Kでの潜航調査を行ったわけだが、奇跡的に僕はそのうち1回の潜航#1579に同行することができた。 潜航#1579では、海底(海山)にて主に熱水探索や採水、生物採集を行った。3時間に及ぶ潜航の最中、僕は6Kの窓越しに深海のリアルを血眼になって観ていたのだが、最も記憶に残っているのはやはり離底直前に目にした無数のチムニー(熱水噴出孔)群だ。高さ30cmほどのいびつな筒が辺り一面にびっしり生えていて、それらの筒口からは熱水が湧き出ており、蜃気楼のようにゆらいでいた。その光景には何かを感じとる隙も与えられぬまま、ただただ圧倒されてしまった。深海の暗闇の中で、チムニー畑を通じて地球の確かな“生”を掴むことができたのは唯一無二の体験であった。

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よこすか(6Kの調査海域までの運搬、潜航の事前調査、潜航中の支援を行う。)

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しんかい6500(写真は調査を終えた6Kが母船“よこすか”へと揚収される様子。)
©大上耕平

今回の航海では、僕たち学生はお客様ではなくJAMSTECの研究員として雇われている。ただ一連の調査を傍観するのではなく、実際船上ではタスクに追われ、手も足もフル稼働させる必要があった。6Kでの潜航調査の度に、採集された生物のソーティングや解剖、現場(海底)で採取した水の化学情報(pHやH2S濃度など)の測定などを行った。僕は、採取した水からのガス抽出および化学情報の測定を担当したのだが、何もかもが人生初めてのミッションで目の前の作業に必死だった。加えて、荒れ狂う波のせいか船酔いもひどく、船の上では「とにかく生きるのに精一杯」状態だったのは今ではもう淡い思い出となりつつある。

船上での出来事の一部始終を書くのはまたの機会として、最後にこの航海を通じて身に染みて感じたことを1つ言葉に起こしたい。

僕は今まで、何事においてもまずその価値や意義を論理的に見極めようとする姿勢こそ絶対的に正しいと信じてきた節がある。しかし、実際必ずしもそうとは限らない。 “ガチンコファイト航海”を通じて、6Kを用いて深海へ行くことの意義について思慮を重ねた。ただ、“なぜ”を問えば問うほど、結果論に帰結してしまい、圧倒的事実の前に、因果の限界を痛感するのであった。“なぜ”という問いに対してビジネスライクに解答を与えられる範疇を超えているような行為をヒトはなしているのではないだろうか。ヒトの冒険がそうであると僕は思う。

ーヒトはなぜ宇宙へ行くのか、ヒトはなぜ深海へ行くのかー

理由はともあれヒトは冒険し続ける、深海へも宇宙へも。
この生来の冒険精神は、何も深海や宇宙といった地理的尺度に限らず“学問”や“スポーツ”にも当てはまるのではないだろうか。

今回、平凡な医学生をやってる僕は、好奇心のままに深海という畑違いの領域に足を踏み入れた。
読者の皆さんにも自分が心の奥底で渇望している“何か”を大事にして人生を冒険してほしい。



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宮下 裕策 
京都大学 医学部医学科 3年

【専門・研究・興味】
宇宙医学、極限環境医学

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